山口由美
2025年05月18日更新

仙之助編 二十の八

仙之助と富三郎は、ジムに勧められて稲妻と称するウィスキーを飲んだ。

ほのかに薬草のような味と土の匂いがして、刺激を感じる。得体の知れない味ではあったが、不味くはなかった。

ジムは自分のグラスにもう一杯、ウィスキーを注いで独り言のようにつぶやいた。
「あんまり飲んじゃ、医者に怒られるな。もっとも倒れた俺を介抱してくれた医者もこの町にはもういないが。命が惜しけりゃ、酒はたいがいにしろと言われたもんだ」

しばしの沈黙があった次の瞬間、ブルズ・ヘッド・サルーンのドアが開いた。
「おう、サワードゥのジム、元気にやっているか」

振り返ると、カウボーイハットを被った痩せた男が立っていた。

カウボーイのジョーイ

「もう一人、死に損ないがやってきだぞ」

ジムは仙之助と富三郎にささやいた。それを聞いて男が不機嫌そうに言った。
「死に損ないに死に損ない呼ばわりされる筋合いはねえ」
「ジョーイ、今日は新しい客がいるぞ」
「ふん、季節外れの牛の町に来る奴なんて、ろくなもんじゃねえ」

ジョーイと呼ばれた男は、仙之助たちの姿を一瞥した後、カウンターの隣に座った。
「ジョンセン、トミー、こいつがジョーイだ。俺と同じにテキサスに戻る直前に腹の激痛で動けなくなって、あやうく死にかけた」
「ふん、余計なこと言うんじゃねえ。ジョンセンとトミーか。お前ら、季節外れの牛の町に何で来たんだ」

ジョーイも同じ質問をする。仙之助たちが答える前にジムが答えた。
「牛の町に来れば一儲けできると聞いて、事情もわからずアビリーンに来ちまった、不運者さ。運が悪いって意味じゃあ、俺たちと同じだな」
「死に損ないと間抜けどもってわけか。今のアビリーンにはそんな奴しかいないよな」

ジムはジョーイの前にもグラスをおいてウィスキーを注いだ。

仙之助は恐る恐るジョーイに話しかけた。
「はじめまして、ジョーイ。えっと……、あなたはカウボーイですか?」

いきなりジョーイは大声で笑い出した。
「おいおい、お前、いきなり何てことを聞きやがる。俺がカウボーイ以外の何に見えるって言うんだよ」
「牛のロングドライブにも行ったんですね」
「当たり前だよ。サワードゥのジムと一緒に何度もテキサスと往復したさ。憎まれ口を叩きやがるが、こいつの飯は美味いんだ。特にサワードゥは絶品だ」

仙之助は、ジムとジョーイのやりとりを聞きながら、捕鯨船での乗組員たちのやりとりを思い出していた。悪態をつきながらも厳しい環境で働く者たちの間には、運命共同体とでも言うべき連帯がある。太平洋でクジラと挌闘した日々がよみがえってきた。

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次回更新日 2025年5月25日

著者について

山口由美

山口由美やまぐち・ゆみ

1962年神奈川県箱根町生まれ。慶應義塾大学法学部法律学科卒業。海外旅行とホテルの業界誌紙のフリーランス記者を経て作家活動に入る。主な著書に『アマン伝説 創業者エイドリアンゼッカとリゾート革命』『日本旅館進化論 星野リゾートと挑戦者たち』『熱帯建築家 ジェフリー・バワの冒険』など。

この小説について

著者・山口由美からのメッセージ
思えば、物書きになりたいと思った原点が、出自である富士屋ホテルの存在だったかもしれません。高校生の頃、母の従姉妹に当たる作家の曽野綾子に、このテーマは書かないでほしいと懇願した過去を恥ずかしく思い出します。彼女自身の処女作『遠来の客たち』の舞台もまた、富士屋ホテルでした。
そして最初の単行本『箱根富士屋ホテル物語』が生まれたのですが、本当に自分が書きたいものはまだ完成していない、という想いを長年持ってきました。
小説は2000年代前半に何篇か商業誌に発表したことはありますが、久々の挑戦になります。いろいろと熟考しましたが、ノンフィクションノベルというかたちが、最もふさわしいスタイルだと思うに至りました。物語の種は無限にある題材です。長い連載になるかもしれません。
おつきあい頂ければ幸いです。

住まいマガジン びお