びおの珠玉記事
第157回
緑に覆われた列島と、漆黒の宇宙に光り輝く列島と。
※リニューアルする前の住まいマガジンびおから珠玉記事を再掲載しました。
(2009年02月24日の過去記事より再掲載)
宣言発表から十数年――。
『近くの山の木で家をつくる運動宣言』宣言起草者が、現時点に立ってかいせつします。
小池一三(近くの山の木で家をつくる運動宣言起草者)
2001年、朝日新聞元日号に2ページに、大きな署名広告が掲載されました。署名人は2271名で、署名人の名前で山がかたちづくられ、タイトルは「近くの山の木で家をつくる運動宣言」というものでした。署名人の中には亡くなった筑紫哲也さんや、元環境庁長官の大石武一さん、音楽家の坂本龍一さん、建築家の奥村昭雄さんなど、多彩な人たちも参加し、それぞれ1万円を寄せ合っての広告でした。これらの著名人の賛同は、元朝日新聞編集委員で、当時、鎌倉市長だった竹内謙さんの絶大なご協力あってのことで、また、地道な活動を進めてきた建築家・学者・林業家・工務店の活動を背景にしてのことでした。
その前年の3月から全5章47項からなる「宣言本」(発行/緑の列島ネットワーク 発売/農文協)を書き進め、この種の本ではめずらしく3万冊を超えるベストセラーになりました。この宣言に先立つ熱心な取り組みが効を奏しての宣言でした。
わたしは、この運動宣言を起草する任務につきました。書き出したのは、ちょうど2月頃で、ホテルに100冊余の本を持ち込み、捻り鉢巻で、眠くなったら寝て、昼も夜もなく書き続ける日々を過ごしました。今、振り返るとシアワセなことでした。この運動がユニークだったのは、山側からではなく、日本各地の山の荒廃を救おうと、町側から発信された運動という点にありました。この取り組みは、いろいろと困難はありますが、各地に草の根の運動として広がっています。これから、この宣言文を一項目づつ取り上げ、現時点に立って、それを補足し、かいせつを試みたいと思います。長い連載になりますが、ご愛読いただければ幸いです。
第1章 緑の列島 その歴史と現状
緑に覆われた列島と、漆黒の宇宙に光り輝く列島と。
夜空を見上げると、漆黒の宇宙に、無数の星が美しく瞬いています。けれどもこの宇宙は、地球の大気圏を越えた途端に、紫外線や宇宙線など、生命にとって有害な粒子が飛び交う過酷極まる空間でもあります。目を転じて、宇宙から地球をみると、この星は青く美しく輝いています。宇宙船によって映し出された地球は、ツンドラ地帯の縞模様や、赤茶けた砂漠地帯などと共に、南北に弓状に連なる、緑に覆われた列島の姿を浮かび上がらせます。
最北端の宗谷岬から南の八重山諸島まで、北緯24度から45.5度まで、延々3000キロにもわたって長く連なる緑の列島は、大小3700以上の島々で構成されています。この列島の低地・台地は、わずか25%に過ぎません。しかも、列島の3分の2は森に覆われています。この列島に占める森林の割合は、先進工業国の中では稀有といえる高さを占めており、アメリカやカナダの倍の森林率を誇り、密林の国ブラジルやインドネシアをも凌ぎ、北欧の森林国フィンランドに匹敵します。
宇宙船からみて緑に覆われた列島と映るのは、この圧倒的な森林率によります。ただ、この列島の森林は山地に偏在しているため、都市部に住む人は気づかないでいます。けれども、森は厳として存在しているのであり、この緑の山々から縦横に河川が流れ出し、平野を、都市を潤しながら海へと注いでいます。そして、この列島の豊饒な森と川と海こそ、私たちの生命の基盤とするところです。
一方、夜の地球を宇宙船からみると、冬なら遠く北の方向にオーロラが輝き、夏なら日本海のイカ釣り漁船の漁火を散りばめながら、あたかもイルミネーションのように、煌々と光輝く列島の姿が浮かび上ります。この光の帯は、大量のエネルギー消費によって賄われており、その光が眩く輝けば輝くほど、産卵する蛍が発する最期の光のように、ある種の儚さと不安とを感じさせずにはおきません。
緑に覆われた列島と、漆黒の宇宙に光輝く列島との落差に、この列島が置かれた厳しい現実と、深いジレンマが横たわっています。葉緑素を持っている木は、炭酸ガスと水を材料にして、太陽光を用いて酸素とデンプン質をつくる光合成を営んでいます。それによって緑の列島はみずみずしく繁茂しているのであり、約2万ルクスの照度を持つ昼光が、この列島を鮮やかな緑色に染めているのです。
元宇宙士の毛利衛(現日本科学未来館館長)さんによると、宇宙から見る丸い地球は2000キロ見渡せるそうです。日本列島は3000キロに及びますので、全部は見渡せませんが、主要4島は見渡せるそうです。
宇宙から見ると、日本列島は灰色に見える都市の模様や、河口以外は、緑に覆われた島々に見えるそうです。一転して、夜の地球を見ると、オレンジ色の光が広がって、日本上空を通ると、ほとんど連続的に光の集まりが海岸線を縁取っているのがわかるといいます。
毛利さんはいいます。
「電気が一般に普及するわずか百年前には人間の存在を示す、夜の光は宇宙からはほとんど見えなかったに違いない。まして千年前には、宇宙から見える夜の光は雷と森林火災、火山の噴火ぐらいで人間の存在は全く見えなかったであろう」
国際科学技術ジャーナリスト会議 講演概要より
わたしが書こうとしたことは、毛利さんが宇宙からみた地球に対する感慨に重なっていて、米国航空宇宙局(NASA)が撮影した地球の夜間の写真がそれを裏付けています。
この写真を見ると、人間という存在が何をしているのかがよく分ります。
日本列島は、主要4島だけを取り出してみても、北欧のストックホルムからスペインのマドリッドまでの距離に匹敵します。ヨーロッパを縦断する距離に相当するのです。南北に長いこの列島が昼間緑に覆われているのは、一つの救いですが、山々の内実は、荒れに荒れています。そうしたことを予感させる導入部になっています。