<遠野便り>
馬たちとの暮らしから教わること
第4回
1月:野生の力が問われる

1月の遠野は里も山も白銀の世界です。冬型の気圧配置が強まるとまもなく吹雪となります。降りしきる雪が収まると、今度は地吹雪が襲い掛かります。空は晴れていても、烈風が積もった雪を吹き飛ばし、地上から数メートルの高さまでホワイトアウトが起こることも。ひと時ですが、視界がまったくなくなります。あちこちに思いがけない吹き溜まりができ、まもなくして風は嘘のように止みます。空は青く澄み渡り、遠く早池峰が白く輝いています。1月、天気は激しさと穏やかさの両極を行ったり来たりします。

クイーンズメドウ・カントリーハウスのパドックに静かに雪が降り積もる。
馬たちも静かに草を食み続ける。
穏やかに晴れた夜明けは、空気の中を氷の粒が幻のようにキラキラ輝いています。雪を踏むとキュッキュッと音がします。ジンガ郎の口元周りのヒゲは凍り付きます。吐く息は白く、空中に消えていきます。マイナス15℃、いや、きょうは20℃近くまで下がったかな、そんなことを思いながら、ジンガ郎の背中にまたがります。鞍を使わずじかに背中にまたがると、衣服を通して温かさが伝わってきます。この時期だからこその格別なぬくもりです。一緒に雪のパドックを歩いたり走ったりします。お互いの体が温まり、凍てつく寒さが気にならなくなります。東の空に遅い太陽が昇ってきます。

降り続いた雪がやんで視界が開け、遠くに早池峰が横たわり、間近の六角牛山もその白い牛のようななだらかな背中を現した。妻が乗る裸馬のジンガ郎の背中も広くて温かい。
寒さが厳しいこの季節は、それぞれの野生動物たちにとってはサバイバルの季節でもあります。この時期を乗り越えられるのか否か。スズメもカラスもトビもリスもウサギもシカもカモシカも、冬眠しない、冬ごもりしない生き物たちは、それぞれのやり方で食べ物の乏しくなる酷寒の日々を必死に生きています。そしてもちろん馬も人もそれに近い時間を過ごします。体力とか知力とか忍耐力を試されている気持ちになります。もっと言えば、野生の力を問われているような。
でも、それが生きていることの根っこだなあ、とも思います。人間の社会の一員として生きていると、豊かさとか生きがいとか、私たちが作ったとても前向きな概念が大事になりますが、気象条件が厳しくて、つまり生命を維持するのにやっかいな環境が訪れた時、野生動物たちはまずは当面の、生き抜くとか生きながらえるとかいった命のサバイバルをどう行うかということに終始します。そのことを気づかせてくれるのが、1月であり、野生動物たちであり、馬たちです。
- 冬の馬たちの食べ物は、秋までに収穫した牧草をラッピングした「乾牧草ロール」ですが、夜のうちにシカの群れが来て御覧の通り。
- 大雪の朝、牝馬たちに牧草を届けつつ朝の挨拶。彼女らが歩くところに自然と道ができます。馬の歩く道は案外幅が狭くても大丈夫なのです。
思い知らされるのは圧倒的な自然の力に対しては、常に勝ち目はないこと、ただそれでもどうにかこうにかやりながらあきらめないこと、人と馬同士、人同士で力を合わせてこの状況を乗り切ろうとすることができるすべてだということ。