色彩のフィールドワーク:もてなす緑

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一見、そっけない緑
––小料理屋の店先にて

昨年から愛知県の岡崎市へ1~2か月に1度くらいの頻度で通っています。色彩の専門家として委託を受けていますが、実際には「行政の規制だけでない新しい景観まちづくりの可能性」や「まちのコミュニティをどうやって再生していくか」などのテーマに、地元の若い方々や行政の担当者と取り組んでいます。
初めての依頼は「色彩の視点で一緒にまち歩きをしてもらえませんか?」という、一風変わったお誘いでした。2月の中旬の寒い日で(この原稿を書いているちょうど一年前でした)、かれこれ5時間以上歩き回ったあとに案内して頂いたこのお店の外観が、何となく印象に残っていました。その後、再訪してみると元はクリーニング屋さんだったことが看板の痕跡から確認できました。大きな看板はありませんが、夜間の開店時には店先にA型看板が出されています。

小料理屋ecumer エキュメ、愛知県岡崎市

元はクリーニング屋さんだった“小料理屋”の外観。

お店の前の舗装部分にはツリーサークルが設けられ、1本の木が植えられています。この大きな木のお陰で店内が程よく目隠しされ、通りの左右からはこのシンボルツリーが道行く人の目を誘っています。

地元の方に案内してもらったお店なので記憶に残っていて再訪したのですが、果たして自分ひとりだったらふらっと入ってみただろうか、とも思います。改めて昼間の明るい時に見てみると、何屋さんなのかはわかりにくいですし、看板も控えめなので遠くから目立つことはありません。更に外観や舗装はいささか年季が入っていて、決してお洒落なレストランという風情ではありません(……すみません)。ところが一歩店内に入ると暖かで大変落ち着いた雰囲気があり、席についてすぐに「ああ、こういうお店にまた誰かと来たいなあ」と感じたことを良く覚えています。

色彩の仕事は、その特性から見た目から得る情報が何より重要なのですが、一方では長く滞在したり・再訪したりという時間の経過や、その場所で誰と・どう過ごすか、ということによっても全体の(まちの)印象が大きく変わったり、何気ないものが強く記憶に焼き付いたりすることも数多くあります。
まちも人も、そして緑や色彩も。少し時間をかけて「味わって」みなければ、本当の良さがわからない部分もあります。自身にとってはそういう時間のかかった体験の方が深く記憶に残り、また味わってみたいという衝動に繋がりやすいように感じます。
見た目はもちろん大事ですが、見た目に惑わされ過ぎないよう、嗅覚や味覚・触覚など、視覚以外の感覚もふんだんに駆使することが重要なのかも知れない、と考えています。

測色の様子。モルタル仕上げ、右手に見える木製建具が入口です。

ウエルカム感   ★★
ボリューム感   ★★★★
全体のカラフル感 ★

※ごく個人的な判定ですが、この3つの指標に記録をして行きます。必ずしも★が多いことが良いという訳ではなく、シンプルでもカラフル度が高くて楽しいなど、演出のポイントや効果の発見に繋がると面白いなと考えています。

著者について

加藤幸枝

加藤幸枝かとう・ゆきえ
色彩計画家
1968年生まれ。カラープランニングコーポレーションクリマ・取締役。武蔵野美術大学造形学部基礎デザイン学科卒後、クリマ入社。トータルな色彩調和の取れた空間・環境づくりを目標に、建築の内外装を始め、ランドスケープ・土木・照明デザインをつなぐ環境色彩デザインを専門としている。自著「色彩の手帳-50のヒント」ニューショップ浜松にて販売中。

連載について

色彩計画家の加藤幸枝さんが綴る、「まちの緑」に着目したフィールドノートです。加藤さんは、店先の緑は看板より人の心を動かすうえで効果的であると言います。店先にプランターを置いたり、外装を植物で覆ったりするなど、店と歩道や道路との間で、緑を生かした空間づくりが少しずつ目立つようになっているそうです。それは、街ゆく人と店とのコミュニケーションの架け橋になっているとも言えるかもしれません。加藤さんがふだんの生活の中から見つける緑のあり方から、まちへ開く住まいづくりのヒントが見つかるでしょう。