まちづくりで住宅を選ぶ
第5回
珈琲焙煎屋やレストランはなぜ個店の方が優れているのか
前回、スイーツの美味しいお店は個店が多いということの話をしました。他にもそのような業種のお店はあるでしょうか? あなたの知っている行列が出来るお店をちょっと思い浮かべてみて下さい。レストランなどは、結構、行列ができますね。スイーツと同じで、味にこだわるレストランは大量生産ができないので、その需要に対して供給が圧倒的に少ない。そのため行列ができてしまう訳です。
もちろん、チェーン的に展開しているところで行列が出来る場合もありますが、それは大量生産システムを導入したことでコストパフォーマンスがよいとか、何かの話題として取り上げられたからといった場合など、その質とはあまり関係がない場合がほとんどです。
この数十年間、商店街は衰退している傾向にあります。その衰退している商店街に最近、新規開業している業種があります。何だと思いますか。それは、珈琲焙煎屋です。私は家のすぐそばに、こだわりの珈琲焙煎屋さんがあります。そのおかげもあって、珈琲のことに随分、詳しくなりました。普通の個店とチェーン店には幾つかの違いがありますが、そのうちの一つが、個店にはキューレーターの役割があるということが挙げられます。珈琲豆は本当にたくさんの種類があります。まず、珈琲豆の品種としてアラビカ珈琲、ロブスタ珈琲があります。生産国でもブラジル、コロンビア、ベトナム、ルワンダ、ウガンダ、ハワイ(アメリカ合衆国)、パナマ、ジャマイカ、インドネシア、エチオピアとありますし、さらに地域ごとにも細分化されていたりもします。例えば、インドネシアでもマンデリンはスマトラ島で採れますし、トラジャはスラウェシ島で採れます。正直、どの珈琲豆がどういう味かということは、よほどの珈琲好きでないと分からないでしょう。そもそも、自分がどういう珈琲が好きかどうかも分からない。
そのような時、個店の珈琲焙煎屋はとても頼りになります。私の家のそばにあるお店は、ご夫婦で経営されていて、店長をしている奥様の前職は中学の国語の先生でした。そして、第二の人生として、珈琲が大好きであったこともあり、珈琲焙煎屋を初めて、オーナーの旦那さんとともに「珈琲マイスター」「焙煎士」の資格を取り、さらに店長はブラジルにまで行き、研修を受け、「ブラジルコーヒー鑑定士」の資格まで取得しています。
このお店では、お客さんの注文を受けてから珈琲を焙煎するので、15分ぐらい待つことになります。この15分間が結構、楽しくてためになるのです。というのも、待っている間に淹れたての珈琲をサービスしてくれるのも嬉しいですが、その間、珈琲のいろいろなお話をご夫妻から聞くことができるからです。これによって、私は随分と珈琲に詳しくなりましたし、自分は数多の珈琲豆の中でもマンデリンが好きだと知ることもできたからです。私にとって、お店に行くのは、ちょっとした珈琲博物館に行くようなものですし、そういう点でまさにご夫婦は珈琲の学芸員です。
このように優れた個店に行くと、あたかもその商品の博物館に行ったような体験をすることができます。そして、それはアルバイトの店員が働いているお店では得られない体験です。なぜなら、彼ら彼女らは、そもそも商品への知識が欠けていますし、その商品の素晴らしさを顧客に伝えたいという愛情やこだわりも有していない場合がほとんどだからというのもありますが、それだけでなく、マニュアルに指示されていない行動を取ることが禁じられているからです。
そして、珈琲焙煎屋で飲む焙煎仕立ての珈琲の味は本当、格別です。このお店に来る前からスターバックスの珈琲は今一つだな、と思っていたのですが、それは全世界で売られている珈琲をすべて本拠地であるシアトルで焙煎しているからだ、ということが分かりました。全世界のお店で売られる珈琲のクオリティを維持するための措置だそうですが、美味しい珈琲を飲みたい消費者からすると、まさに本末転倒の考えかと思いましたし、これがチェーン店の限界であるとも思いました。
このように珈琲にこだわりのある人は、私の近所にあるような珈琲焙煎屋が近くにある場所に住むことを考えられるといいでしょう。最近、珈琲焙煎屋が増えている背景には、このような専門性の高いお店への需要があるからかと思います。このように個店が優位性を持つタイプの商品としてはケーキ屋、珈琲焙煎屋以外にも酒屋、豆腐屋、パン屋、魚屋などがあります。都市生活の豊かさは、消費環境の豊かさと不可分です。そして、その豊かさはショッピング・センターやチェーン店では提供できないものも多くあります。個店への目利きを持つことは、素敵な生活を送るうえでの重要な要件だと思います。そのためにも、街をしっかりと評価する能力を獲得することは重要です。次回からは、そのためのお手伝いになるような記事を書いていきたいと思います。