<遠野便り>
馬たちとの暮らしから教わること

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5月:新緑の高原へ

馬の群れの一員になること

馬と繋がろうとするときは、昨今話題のマインドフルネス的な心構えはとても有効です。具体的にはゆっくり呼吸すること、リラックスしていること、けれどもとても注意深いこと、あせらないこと、毅然としていることなど。そんなことを入り口に、馬たちの群れの一員になるとともに、プロセスを追って、その中で揺るぎのないリーダーになっていくことが大事になります。

手始めに、馬たちの群れの中に入っていて、何もしない、をやってみることからスタートするのもお勧めです。そうやって、群れの一員として、〈場を共有する〉ことを馬たちに認知してもらう時間を過ごします。ただ何もしない。しゃがんで馬たちが草を食む音を聞き続ける。あるいはパドックに椅子を持ってきて本を読んだりするのもいいかもしれません。馬たちと何かをするのではなく、ボロを集めるとか掃除をするとか、相互に不干渉で空間と時間をともに共有すること。人が馬たちの群れの一構成メンバーになること。人が馬の群れの一員になる最初のメタモルフォーゼの時です。

駒形パドックと呼んでいる神社に隣接する放牧地の馬の飲み水は、神社の神域の森を流れる沢から引いている。

次のステップが、初めて出会う、ある特定の馬に接近し、関係を構築しようとすることです。肩をいからせたりせず、落ち着いて心穏やかに接近します。ゆっくりゆっくり。最初のコンタクトの時は直線的な接近ではなく、たとえば円弧を描くように、また両目でにらみつけるようにではなく、自分の片目だけが馬に見えるような角度を維持したり、場合によっては目線を伏せたりしながら。直線的な接近や両眼視は、被捕食動物の馬にとって、捕食動物の接近が起こっているというアラームを発動させる契機になり、逃走の選択を行う可能性が高いからです。馬の信頼を得、馬たちの群れの一員として認められれば、次からは前回よりもっと躊躇なくまっすぐに近づいていくことができるようになります。

馬との挨拶は、手の甲を上にして馬が匂いを嗅げるようにゆっくり静かに近づけ、馬の方から鼻先が近づくの待ちます。慎重な馬にはその行為が成立した瞬間に、人の方が立ち去るようにすると、彼(彼女)は、自分に何か要求してきたり押し付けてきたりする存在ではないということを認識してもらうことができ、その馬が逃走し、その逃走が群れ全体に瞬時に伝播するといった事態を回避することができます。
馬たちの群れの一員になること。これ自体は華麗な馬術やダイナミックで楽しい野外騎乗とはタイプの違う時間の過ごし方ですが、なかなか奥深いものがあると思います。

牡馬のアルのタテガミはウエイブがかかっている(手前)。奥のサイはストレート。性格も毛の質も対照的なふたりだがとても仲がよい(でも毎日ケンカもする)。

フランスの思想家ドゥルーズ/ガタリという二人の共著で、ユニークでなかなか難解な本に『ミル・プラトー(千のプラトー)』というのがあり、そのなかで〈動物への生成変化〉について扱った章があり、わかるようなわからないようなけれどもお気に入りの一節があります。

なること(生成変化)は決して模倣することではないし、同一化することでもない。また退行したり進歩したりすることでもない。照応し、照応関係をうちたてるのとも違う。…〈なる〉というのは独特の存立性をもつ動詞であって、「…のように見える」にも、「…である」にも、また「…に等しい」にも帰着することがない。…動物への生成変化には、いつも群れが、徒党が、個体群が、群生が、つまり一言でいうなら多数多様体が関与している。(『千のプラトー』 河出文庫より一部抜粋)。

ドゥルーズ/ガタリという二人の傑出した思索家たちが言った〈動物への生成変化〉って、たとえば、リアルな世界で馬たちの群れの一員になること? などと夢想するわけです。

それではまた。今度は夏至が近い緑の高原でお会いしましょう。

牡馬2頭、新緑の森を疾走する

著者について

徳吉英一郎

徳吉英一郎とくよし・えいいちろう
1960年神奈川県生まれ。小学中学と放課後を開発著しい渋谷駅周辺の(当時まだ残っていた)原っぱや空き地や公園で過ごす。1996年妻と岩手県遠野市に移住。遠野ふるさと村開業、道の駅遠野風の丘開業業務に関わる。NPO法人遠野山里暮らしネットワーク立上げに参加。馬と暮らす現代版曲り家プロジェクト<クイーンズメドウ・カントリーハウス>にて、主に馬事・料理・宿泊施設運営等担当。妻と娘一人。自宅には馬一頭、犬一匹、猫一匹。

連載について

徳吉さんは、岩手県遠野市の早池峰山の南側、遠野盆地の北側にある<クイーンズメドウ・カントリーハウス>と自宅で、馬たちとともに暮らす生活を実践されています。この連載では、一ヶ月に一度、遠野からの季節のお便りとして、徳吉さんに馬たちとの暮らしぶりを伝えてもらいながら、自然との共生の実際を知る手がかりとしたいと思います。