「ていねいな暮らし」カタログ
第18回
どこまでが「観光地」?
——『SとN』
みなさんは、『SとN』という冊子をご存知でしょうか。『SとN』は佐賀(S)と長崎(N)という括りで「地域の魅力」を発信する「観光情報誌」です1。両県の観光課が協力する形で組織され、2017年3月に創刊しました。今年(2018年)の3月に2号が出ています。
『SとN』は、初期『ku:nel』や北九州市の地域文化誌である『雲のうえ』のアートデザインを担当している有山達也氏をはじめとする、名うての制作チームが関わっていることでにわかに注目を集めました。1号は両県にまたがる松浦鉄道を、2号では有明海を軸に、周辺の人々や生業を取材していました。本誌は年に1回発行され、新たな号が出るたびに刊行記念のイベントが関西や九州で行われています2。私はそのどちらも拝聴することができたので、そこで考えていたことをまとめてみたいと思います。
1号の時は、福岡市内での刊行記念イベントに参加しました。デザイナーの有山氏、写真家の長野陽一氏、西日本新聞出版社の末崎氏でもって、取材の裏側の話が披露された後に会場からの質問となり、そこで最初に出た質問が「私にはもっと伝えて欲しいところがあるのよ」という元気な地元の方の声。その方は、素朴な個人商店や農業の話ではなく、観光名所となっている場所を例に挙げ、そこを観て来てほしかったと歎願するのでした。
ここに、観光資源に対する見方の違いが表れていると思うのですが、佐賀県の観光課の方は「クウネルっぽい冊子にしたかったので有山さんたちに頼んだ」というようなことを明確に述べていました。「クウネルっぽい」とはつまり、観光名所というよりも、地元の人たちが目に留めないような佐賀や長崎の日常を切り取ること。実際に、取材に同行した観光課の方々は「ここが取材対象になりうるのかと驚いた」と口々に言っておられました。
本連載第2回の地域文化誌では語り切れませんでしたが、暮らし方に注目が集まり、暮らし語りが増えていく中で、各地での素朴な暮らしや風景自体が観光対象にもなりうる段階に来ているのだなということを実感しました。発信されたイメージがよその人たちにとって観に行く場所となる、このことは1970年代の「ディスカバー・ジャパン」キャンペーンとも通じる方法かもしれません。気になることは、実際のところこのような情報発信はどのような観光効果をあげているのか、というところでありますが。次回は、この『S/N』で取り上げられることに着目してみましょう。
「2022年の九州新幹線西九州ルートの開業」に伴う観光事業の一環として本誌の制作が位置づけられているようです。
(2)関西地域の方々に佐賀・長崎に遊びに来てもらいたいという思いの元に発行されているようで、毎回このイベントは関西でも開催されています。