移住できるかな

11

「空き家バンク」あるある

西本和美 移住できるかな

空き家バンクは、市町村のホームページを入口に、登録された空き家情報を得られるサービス。過疎化が進む地域では、空き家の有効利用は直近の課題です。しかし、その運営方針や熱意はばらばらです。私の経験談をひとつふたつ。ええ、今回も苦いですよ〜。

F町の空き家バンクで、とびきりの物件を見つけました。相場よりだんとつに高額なのです(相場の数倍)。しかも珍しいことに〈田舎暮らしを始めるには最適、いちど見に来ませんか〉とか〈これまで畑だった土地を荒地として登録し直し、お求め安くなりました〉とかキャッチフレーズが踊っています。間取りは古い田舎屋の典型的な田の字型。うち一部屋は〈改装中〉です。オーナーはDIYを楽しみながら手入れしていたのでしょうか? 付帯する施設も〈薪ストーブ、納屋3つ、ガレージ1つ〉など利点をあげつらっています。なにしろ、だんとつに高額ですから、すぐにも住める状態だろうと想像しました。
早速、見学を申し込みます。F町の空き家バンクの運営は外郭団体に依託されています。担当者に連絡し、まずは利用登録。アンケート用紙に、住所氏名・年齢・家族構成・移住の目的・希望条件など書き込んで送付。ちなみに、市町村によっては誓約書へのサイン、納税証明書や身分証明書の添付を求められたこともありますが、F町では不要でした。
利用登録を済ませたら、担当者と連絡をとり見学の日時を決めます。この物件のオーナーは県外在住なので、見学には担当者と、鍵を預かる不動産屋が立ち会う段取りとのこと。

さて粉雪の舞う、とある昼下がり。空き家の前に三者が揃います。驚いたことに、外観はホームページに掲載されていた同じ物件とは思えないほど、ぼろぼろ。込み上げる不安。そして玄関を一歩入ると……これまで見学したどの空き家よりひどい物件でした。
タヌキかコウモリか動物の糞だらけ、虫の死骸が散乱し、床は足の踏み場もありません。柱や梁は虫喰いの穴だらけで構造体の役目を果たしているとは思えず。〈改装中〉の正体は、根太が腐って床板を剥がしたまま、地面が露出した状態。つまり、取り壊すしかない家です。納屋もガレージもご同様。〈お求めやすくなった畑〉は荒れ放題で、だから〈荒地〉なのでした。
「うふっ、ひどいですね」と、担当者は笑顔で肩をすくめてみせます。「私、この地区に住んでいるので毎朝この家の前を通るんですけど、こんなにひどいとは知りませんでした」と悪びれもせず笑っています。空き家バンクを利用するのは始めてではありませんが、これほど無責任な町は始めてでした。

そもそも空き家バンクを利用しようと考えたのは、空き家バンクに登録した家であれば、そこに付随する田畑を小面積でも購入できるからです。農地は農地法で守られており、小面積では買えません。5反(約5,000㎡)以上(北海道を除く)、過疎地では3反以上などと定められています。その緩和措置として、空き家バンクという選択肢を採用する市町村が増えています。ありがたい措置だと思います。

G市では、熱意ある担当者に出会いました。空き家バンクは市役所内に設けられており、担当者は空き家の現状や周辺環境なども把握しています。こちらの希望条件を踏まえた物件をアドバイスしてくれる頼もしい担当者です。そうして何度かG市に足を運ぶうちに、どんどんG市が好きになりました。そして、空き家バンクのホームページの更新日、朝いちばんに素敵な物件を見つけました。相場より安価で、広い田畑と山林も付いています。聞けば、オーナーさんはとても気の良い方とのこと。善は急げ、土日を挟んで週明けにアポイントを取り付けます。一番乗りで交渉権を得た幸運に感謝しました。
ところが! 週明けの月曜に、衝撃の事実を知らされます。なんと、オーナーの隣人から横取りされたと言うのです。役所が休みの土日のうちに正式な契約を交わしたとのことで、空き家バンクは手も足も出ません。気の良いオーナーは、強引な隣人に逆らえなかったのでしょうか……。
空き家バンクは、オーナーと利用希望者を結ぶ自治体のサービスですが、何の権限も持っていません。私が得た交渉権は、夢幻ゆめまぼろしなのでした。

空き家バンクで見つけた家

G市の、とある空き家。小さな平屋で好ましい佇まい。よく手入れされています。以前は空き家バンクに登録していたけれど、取り消したそうです。なぜなのかな?

著者について

西本和美

西本和美にしもと・かずみ
編集者・ライター
1958年 大分県生まれ。武蔵野美術大学基礎デザイン学科卒業。住まいマガジンびお編集顧問。主に国産材を用いた木造住宅や暮らし廻りの手仕事の道具に関心を寄せてきた。編集者として関わった雑誌は『CONFORT(1〜28号)』『チルチンびと(1〜12号)』『住む。(1〜50号)』。