びおの七十二候
第19回
蛙始鳴・かわずはじめてなく
蛙始鳴とは、カエルがはじめて鳴く時季をいいます。
この鳴き声は、カエルが冬眠から覚めて鳴き始めるというより、春になって、雄のカエルが雌のカエルを呼んで、やかましく鳴くことをいいます。
この句は、一茶54歳の句です。
病弱の子ども千太郎の命乞いの句とされます。千太郎は、その願いもむなしく他界します。この句は、そのことを知って詠むと痛切の句でありますが、カエルの世界に分け入った句としてこれを詠むと、凄絶であり、かつユーモアに富んでいます。
この時季のカエルは、昼夜の別なく鳴き続けます。一茶がいた山寺もそうでした。寺の桜の花見時になると、裏庭の小さな池に、ヒキガエルがいづくともなく集まって来たといいます。その数、300匹とも、500匹とも。雌は、産卵のために池にやってくるのですが、雄の数の方が多いので、群がり合い、うばい合いとなって合戦となります。いわゆる「蛙合戦」です。『広辞苑』には、「かわず‐いくさ」として記述されています。
この合戦は凄絶なものです。カエルの雄は、雌の後ろから胸部を前足で抱きかかえるようにして産卵を促して、産卵と同時に放精して受精させるのですが、自分の子孫を残すため、産卵する雌にたくさんの雄が押し合い、へし合いしますから、現場は大混乱。白い腹を空に向けて力尽きているカエルもいて、まさに合戦そのものです。およそ5日間というもの、昼夜関係なく、カエルたちは戦いを繰り広げます。この蛙合戦は凄絶でありますが、けれども、どこかユーモアが感じられます。それは、カエルの肢体が持つところのおかしみなのかも知れません。
蛙合戦でのカエルの鳴き声は、これまで求愛音とされてきましたが、最近の研究では、他のオスに対するなわばり宣言でもあるとされ、求愛音となわばり音を両方含んだ広告音(advertisement call)という言葉が用いられるようになりました。
日本人は、カエルの鳴声を聴くのを好みます。江戸時代にはカエルの中でもとくに声がよいカジカガエルを飼育して、その鳴声を楽しみました。
日本人のカエル好きは、稲作栽培とつながりがあり、カエルは降雨を予報する生物ということが大きかったようです。カエルは害虫を食べるので、水田の保持にも役だちました。そんなわけで、カエルは田の神の使わしめと考えられ、信仰の対象になっている地域もあります。
カエルについて詠まれた名句を紹介しておきます。
(2009年05月05日の過去記事より再掲載)