移住できるかな

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眺めの良い土地

西本和美 移住できるかな

富士山が見える土地は高いそうです。標高ではなく地価の話。朝な夕なに眺める景色は大切。もしそこに美しい眺めがあれば幸いです。
土地さがしも三年めとなれば、私はがっかりするのに慣れてしまい、友人たちの励ましの言葉も尽きてきます。何と言うのだっけ、こういう心境……諦観。いえいえ、まだ諦めてはいません。

そんなとき某友人から言われてはっとしました。「60歳を過ぎて家を立てるなら、転売できる土地を買いなさい」。友人曰く、耕す暮らしができるのは健康で体力のあるうちだけ、せいぜい80歳まででしょう。そのあと始末はどうするの? 森の中の一軒家では誰も買ってくれないから負の遺産になる……全国各地の空き家問題が取沙汰される昨今、こんな当たり前のことに気付かなかったというより、現実から目をそらしていたのかもしれません。実はこれは友人のご両親の実体験。退職後に立てた森の中の家を、80歳を過ぎた頃に出て、通院も買物も徒歩圏内の温泉付きマンションに引っ越したそうです。

他県ではどうだか知りませんが、大分県民の住宅双六すごろくがあるとしたら、〈 温泉付きマンション 〉で上がり、でしょう。将来ほんとうに温泉付きマンションを買うかどうかはともかく、兄弟や甥姪に迷惑をかけたくはありません。
では、辺鄙な田舎にあって転売できる土地の条件とは? 第一に「眺めの良い」こと。私のさがすエリアでは、豊後富士ぶんごふじ(由布岳)が見える場所や、別府湾を見下ろす高台が人気です。当然そのような土地は周辺より高いので、当初の予算から背伸びしなくてはなりません。

花咲く頃、K町に300坪の宅地を見に行きました。耕地は隣接する段畑を貸してくれるとのこと。当日は生憎の雨でしたが、湾を見下ろす絶景です。雨に打たれて波立つ白い海、遠く霞む青い山の稜線。降っても晴れても、ここで寝起きする日々を想像すると胸開かれる思いがします。しかし砂利を敷き詰めて整地された300坪に立つと、予想以上に広く感じられます。こんなに広い宅地は要らないなぁ、砂利を剥がして畑にするのは難儀だなぁ……グーグルマップで確認すると、もとは古家の立つ段畑の一面で、300坪の半分ほどは畑だった様子。
宅地は農地より税金が高く、この先何十年も不要な宅地のために納税し続けるのは愚かな気がします。しかもK町のあるL市は、税金が高いという噂。関西からの某移住者が、市役所の窓口で納税額を試算してもらい、住民票を移すのを止めたという話を聞きました。手の届かない葡萄は酸っぱいに違いない、とばかりに不安要素をあげつらねて断念しました。つまり私には分不相応な土地なのです。
一方、貸してくれるという隣りの田畑に目を移すと、鮮やかな新緑の草木に覆われて美しい。数段重なる天辺には樹々が茂っています。もし、この天辺の土地区分が〈山林〉なら、私にも買うことができるはず。しかし地図記号を確認すると、果樹園と桑畑でした。残念。

昭和の中頃まで、生まれてくる子供たちの食糧を増産すべく、農家は山麓から山頂まで開墾しました。そしていまは逆に高齢化のため、山頂から麓へと順々に耕作放棄されています。
もし開墾される前に、もし砂利を敷き詰める前に、この土地に出会っていたら? と夢想せずにはいられません。

海が見える畑

小雨のなかで訪ねたK町。遠くに海を眺める段畑は耕作されていないが、きちんと管理され美しさを保っている。道には散り始めた桜の花びら。


別府湾を見渡せる宅地

別府湾を見下ろす300坪の宅地(約1,050㎡、980万円)。一時、駐車場として利用するため砂利を敷いたとのこと。レストランを開くと繁盛するかもしれない。

著者について

西本和美

西本和美にしもと・かずみ
編集者・ライター
1958年 大分県生まれ。武蔵野美術大学基礎デザイン学科卒業。住まいマガジンびお編集顧問。主に国産材を用いた木造住宅や暮らし廻りの手仕事の道具に関心を寄せてきた。編集者として関わった雑誌は『CONFORT(1〜28号)』『チルチンびと(1〜12号)』『住む。(1〜50号)』。