まちの中の建築スケッチ
第22回
箱根町役場
——箱根の山にある庁舎——
先日、日経アーキテクチュアなどにもよく執筆されている磯達雄氏より「ブルータリズムを再評価する」という題でレクチャーを聞いた。いわゆる戦後の近代建築をそのようなくくりで捉えるということが新鮮であったのと、それを絵画で言えば野獣派とするところが、建築では構造表現主義というおとなしい言葉になっているのも、言い得て妙と感じた。水平線の強調された床を柱ですっくと支えている鉄筋コンクリートの力強い構造を感じさせるものが多い。
日本大学で構造を教えていた加藤渉が設立したカトー設計事務所の一連の作品が紹介された。1960年代後半から1970年代前半にかけて多くの公共建築が、ブルータリズム建築として、今、世界的にも改めて評価されているという。多くの作品の中で、何度も近くを通っていて気付かなかった、箱根町庁舎が必見と感じたこともあって訪れた。
箱根町の広報をひもとくと、昭和31年の市町村合併で大きくなった箱根町が、新庁舎建設に力を注いだことが読み取れる。新しい町の10周年を期して、新庁舎建設委員会を設け、国立公園箱根のシンボルとしての庁舎の落成までの様子が記されている。まず1967年には、早川をはさんで、小田急の箱根湯本駅を見下ろす土地を敷地として選定。「立地条件にかなうこと」と「だれにも親しみをもてること」を条件に、10社に基本設計を依頼して、その中から委員会の意見をもとに当時の亀井町長が、カトー設計事務所案に決めたとある。施工は藤田組が請負い、1968年12月着工。鉄筋コンクリート造4階建て3500㎡の庁舎が、1969年8月竣工している。特色として、風景に融合した「山にある庁舎」で、空調ダクトが梁と一体になっていることなどが挙げられている。そして、さらに2000年には、免震工事が施されている。
山間の敷地ではあるが、スロープを上がると玄関前はゆとりもあるし、裏手に分庁舎や向かいに郷土資料館を配した構成になっている。周辺は、箱根の玄関口ということもあって何層にも駐車場が配され、川向うの国道1号線からも、山を控えた、堂々とした雄姿が見られる。
アプローチに添う地下部分の壁は、自然石貼りの重厚感のあるもので、4階床を支える柱がすっきりと強調されている。入口を入って右手には、来訪者のための明るいコーナーが配され、2階3階吹き抜けの広い執務空間からも箱根湯本駅が眺められる。築50年は耐用年数に達するという町の財務上の評価にはなっているようであるが、わざわざ免震構造にもしたわけであり、まだまだ長く使われるであろう。
ただ、庁舎完成時には、人口が24,000人であったのに、今は11,000人と半分になってしまっており、財政的には厳しいものがありそうだ。優良資産としてうまく活用して、さらに親しみのもてる施設にしてほしいものだ。食堂なども、使われていないようにみうけられた。厨房も含めると不良資産になっているのではないか。おそらくは職員用だったので閉鎖の判断がされたのかと想像するが、郷土資料館と一体化した観光施設として生かせば、様子も変わる。免震構造も、覗き窓があるものの、説明も見せ方もさみしいかぎりだ。昭和の市町村合併の後、多くの公共建築がそろそろ寿命となりそうな今日、それらをどのように評価し、解体するか活用するか、どこの自治体にとっても、大きな分かれ道のように思った。