びおの珠玉記事
第63回
鰯の日
※リニューアルする前の住まいマガジンびおから再掲載しました。
(2013年10月03日の過去記事より再掲載)
イワシ(鰯)は回遊魚で、年中水揚げのある魚です。
節分の時に、柊とイワシを魔除けとして用いる風習があります。
八十八夜の上りイワシ、という言葉があって、八十八夜の頃に、南に下っていったイワシが北上するようになります。梅雨の頃のイワシは「入梅イワシ」、秋から冬にかけては下りイワシが南下していきます。
水揚げ量が多いのは、6月〜10月頃で、今の頃は、旬の名残りの時期、と言えるかもしれません。語呂合わせではありますが、10月4日はイ(1)ワ(0)シ(4)の日、ということでもあって、旬の魚として取り上げてみます。
イワシの水揚げとTPP
水揚げ量が多い時期、とはいうものの、イワシの水揚げは平成に入って以降急激に減少しています。マイワシの水揚げは、昭和63年には約450万トンあったのに対し、平成24年には約13.4万トンと、およそ34分の1にまで減少しています。
原因には諸説あり、乱獲の影響、気候変動の影響といった声もあります。イワシの豊凶は数十年単位で訪れるといわれています。今年はイワシが豊漁で、また上向きの波がやってきたのかもしれません。イワシを食べる魚も多いため、他の魚の増減にも大きな影響力を持っています。
マイワシが豊漁だった時代には、日本の総漁獲量の4割を占め、漁業生産量世界一でしたが、マイワシの減少とほぼおなじタイミングで日本漁業の漁獲量は減少し、世界一位の座から陥落しています。
それでも、日本の総漁獲量からみると、マイワシ、ウルメイワシ、カタクチイワシといったイワシが占める割合は多く、これらを合わせたイワシ類が日本の漁獲量で一番多く、イワシは日本漁業の重要なポジションを占める、といってよいでしょう。
- 魚種
- 平成24年
漁獲量 - くろまぐろ
- 86
- みなみまぐろ
- 28
- びんなが
- 746
- めばち
- 494
- きはだ
- 652
- その他のまぐろ類
- 7
- まかじき
- 31
- めかじき
- 83
- くろかじき類
- 37
- その他のかじき類
- 12
- かつお
- 2,803
- そうだがつお類
- 271
- さめ類
- 384
- さけ類
- 1,285
- ます類
- 59
- このしろ
- 62
- にしん
- 45
- まいわし
- 1,342
- うるめいわし
- 817
- かたくちいわし
- 2,406
- しらす
- 656
- まあじ
- 1,336
- むろあじ類
- 247
- さば類
- 4,402
- さんま
- 2,214
- ぶり類
- 1,032
- ひらめ
- 60
- かれい類
- 467
- まだら
- 499
- すけとうだら
- 2,286
- ほっけ
- 687
- きちじ
- 12
- はたはた
- 88
- にぎす類
- 37
- あなご類
- 48
- たちうお
- 91
- まだい
- 154
- ちだい・きだい
- 69
- くろだい・へだい
- 35
- いさき
- 41
- さわら類
- 129
- すずき類
- 82
- いかなご
- 358
- あまだい類
- 12
- ふぐ類
- 59
- その他の魚類
- 2,148
さて、このイワシ漁ですが、TPPに参加することで、大幅に減少することが予測されています。
2013年3月15日に発表された、「関税撤廃した場合の経済効果についての政府統一試算」によると、イワシ量は、生産量にして45%の減少、生産額は230億円の減少と試算されています。
試算の考え方としては、「加工用向けは一部を除いて置き換わり、鮮度をはじめとする品質面で国産品が優位となる生鮮食用向けは残る。」とされています。
この試算は、関税率が10%以上、かつ国内生産額10億円以上の、農産物19品目と林水産物14品目を対象に算出されたものです。
試算では、
1.内外価格差、品質格差、輸出国の輸出余力等の観点から、輸入品と競合する国産品と競合しない国産品に二分。
2.競合する国産品は、原則として安価な輸入品に置き換わる。
3.競合しない国産品は、安価な輸入品の流通に伴って価格が低下する。
・生産減少額=価格低下分×競合しない国産品生産量
というものです。つまりイワシでいうと、鮮魚として流通する分は国産として残るけれど、加工品、例えばだし用の煮干やらタタミイワシやら、缶詰やらといったものは、みな外国産になってしまう、という試算です。
果たしてそんなに簡単なものなのか、と疑問も残りますが、流通の取り扱いが、そのようになってしまえば、多くの消費者はそれに従って流されてしまう可能性は否めません。
でもねえ、それでいいのでしょうか?
あるものをつかうこと
イワシは、鮮魚、加工食品だけでなく、さまざまな用途に使われてきました。
江戸時代に盛んになった商品作物である綿や菜種などの栽培には、イワシを原料とした干鰯(ほしか)が欠かせず、干鰯問屋まであらわれるほどでした。
この他にも、鰯から採れる油は燃料になりましたし、油を絞った粕も、また肥料となりました。
イワシは漁業だけでなく、農業にまで影響を持っていたわけで、イワシの豊凶は当時の経済に大きい影響を持っていました。
おせち料理の「田作り」は、水田の肥料にも適していたことを表しています。「ごまめ」とも呼びますが、これは「五万米」からきていて、やはり米の豊作にかけているわけです。
現代では化学肥料が発達し、肥料としてのニーズよりも、家畜の飼料や魚の餌として加工されています。
今も昔も、イワシは私たちが食べるだけではなく、生活に大きく関わっていたのです。
今は、食べたいものをどこかから運んできて、燃料もどこかから運んできて、という時代になりました。日本のエネルギー自給率は4%程度、食料自給率はカロリーベースで40%程度、という数字を見ると、世界に頼らなくては行きていけないのか、という気持ちになる人もいて当然です。
でも、エネルギー自給については、原発推進の政策による結果でもあり、食料自給率はカロリーベースというトリックによる数字でもあります。
それよりも、私たちが主張したいのは、そこにあるものを使うということです。
イワシは食用に使われ、だしにも使われ、肥料、飼料、そして魔除けにまで、さまざまなことに使われてきました。節分につかうイワシを、どこかから輸入してくるなんて、笑えない冗談のようです。
(もっとも、節分だけでいうと大豆の自給率は7%程度と、すでに多くが外国産に置き換わっていますが)
鰯の頭も信心から
さて、節分に使うヒイラギとイワシ(柊鰯)には、ヒイラギの棘が鬼の目を刺し、イワシの臭いで鬼を追い払う、という民間伝承によるものです。「鰯の頭も信心から」という諺は、つまらないものでも信じれば救われる、というような意味ですから、イワシも随分貶められたものです。けれどこの諺は、イワシを貶めるというよりは、むしろ信仰心そのものを軽んじているような、そんな諺にも思えます。
鰯七度洗えば鯛の味、という言葉もあります。これは文字通り、イワシをよく水洗いすると、臭みが取れて鯛のような味になる、という言葉です。ここでもイワシは下魚扱いです。しかしイワシにはイワシの美味しさがあります。イワシ料理専門店が各地にあることがそれを物語っていますし、漁獲量の減少で、イワシの価格は重量あたりでみれば、タイと大きな差はありません。
子規は九十九里での浜の様子を多く詠んでいます。そこでとれるものを利用すること。漁果への喜び。人の営みとは、こういうところにあるのだ、という句です。
イワシは過去も昔も経済のアイテムでもありますが、同時に、カルシウムやビタミンC、生活習慣病に効果があると言われるエイコサペンタエン酸(EPA)やドコサヘキサエン酸(DHA)を含む、栄養価の高い魚でもあります。
どうかイワシがいつまでも食べられますように。