びおの珠玉記事

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メートル法と尺貫法

※リニューアルする前の住まいマガジンびおから珠玉記事を再掲載しました。
(2013年04月10日の過去記事より再掲載)

4月11日はメートル法公布記念日、とされています。1921(大正10)年のこの日、日本は、それまでの計量方法であった尺貫法をやめ、世界的に普及しているメートルを取り入れる法を公布しました。
尺貫法、という呼び名はメートル法に対してつけられた名前です。それ以前は、計量に尺を用いるのが当たり前だったので、そんな呼び名さえ必要なかったのです。

しかし、このメートル法は、すんなりとは根付きませんでした。長年親しまれた尺貫法からの切り替えはそうやすやすとは行かず、皆がそのまま使い続けたのです。
メートル法に切り替えたい政府によって、やがて尺貫法を用いると罰則が設けられるようになります。尺貫法に基づく計量器を売ったり、取引に使ったりするとしょっ引かれる、ということになったのです。

永六輔さんは、この問題に立ち向かったことで知られています。古くから親しまれた尺貫法の道具で商売をする人をないがしろにするなと、自ら曲尺の密造・密売(とはいっても、見つかるように、ですが)を行なって、さあ処罰しろ、と。こうした運動が伝わって、やがて処罰されることはなくなっていきましたが、計量法自体は依然として尺貫法を認めず、取引などには使えないことになっています。

メートル法のこと

メートル法は、革命時代にフランスで生み出されました。このころ計量の単位は地方によってまちまちでした。
新しくつくるメートル法では、その基本単位を、子午線全周の4千万分の1(北極から赤道までの1千万分の1)とさだめました。

もちろんフランスでも簡単に導入できたわけではありません。もともと租税を課す側に都合が良い、不公平な升が使われたりすることがありました。旧約聖書に「あなたがたは、さばきにおいても、物差しにおいても、はかりにおいても、ますにおいても、不正を行ってはならない。」(レビ記19章35節)とあります。つまりこの時代から、はかることには不正があったということの裏返しです。

フランスは子午線の測量を行ない(と、一口で書くには憚られる苦労があったはずですが)、メートルを策定します。ところが、地球が完全な回転楕円形ではなく、子午線の長さは一定ではない、ということがわかってしまいました。そのため、このときに決められた「1メートル」の根拠として、クリプトン-86元素が真空で発するスペクトル長を元に定義され、後に光の速度を元に、真空中で1/299792458秒間に進む距離、と定義しなおされました。

フランスの、その一口に書けない測量とメートル法の紆余曲折は、「万物の尺度を求めて」(ケン・オールダー著 吉田三知世訳 早川書房)に詳しいです。

参考書籍

当のフランスでも、メートル法は一時期用いられなくなりました。メートル法は、革命や戦争などの後、新政権が新たな支配の一つとして導入されることが多く、日本でも実際に移行が行われたのは第二次大戦後、中国でも中華民国から中華人民共和国に切り替わる時期、ロシアはソビエトへの移行後に、それぞれ実質的なメートル法の導入を行なっています。イギリスはそうした混乱を経ずにメートル法を導入しましたが、それ故に導入には遅れが出て、取引にメートル法を用いるように定められたのは2000年になってからです。

さて、いまでもメートル法を導入していない国は3つ、アメリカ、ミャンマー、リベリアです。
アメリカもメートル法の導入を一切考えていないわけではなく、常に議論の対象になり、また実際には用いている業界もあります。それ故に起きた悲劇が、1999年のアメリカ火星探査機、マーズ・クライメート・オービターの失敗です。
この探査機は、火星軌道に到達した後、消息を絶ちました。用いたデータにヤード・ポンド法とメートル法が混在しており、その結果、本来の想定よりも低い高度で軌道に進入し、結果探査機は失われてしまいました。この時の損失は、1億2500万ドルといわれています。

アメリカはTPPによって、他国の基準を非関税障壁だとして、さまざまな自国の基準を押し付けてくるのではないか、という憶測がされています。
しかし、ヤード・ポンド法こそ、国際的に見れば非関税障壁に見えなくもありません。TPPの議論はこんなレベルのものではありませんからこのぐらいにしておきますが、やがてアメリカがメートル法を全面的に受け入れるときがくるのでしょうか。
これまでのメートル法の導入は、多くの国で政治的混乱の後の出来事でした。アメリカにそういうことが起こるのか。あるいは(まさか、ではありますが)他国にヤード・ポンド法を…なんてことは、流石にないでしょうね。

ヒューマンスケールの尺貫法

メートル法は、子午線の長さを出自としながら、クリプトンのスペクトル長や光の早さなど、いずれも私たちが直感的にわかる値ではないものを基準にしています。
これに対して、尺貫法は、人間自身の寸法を元につくられてきた方式です。

「尺」は、もともとは手を広げた時の親指と中指の先の長さとされていました。今はかってみましたら、だいたい18cmぐらいです。これが、時間を重ねるにつれて長くなっていきます。一説には、租税を課す側に有利だから大きくなっていった、ともいわれています。やがて曲尺(かねじゃく)が、安定して長くつかわれるようになり、現在の一尺は、曲尺をもとに、約30.3cmとされています。

ヤード・ポンド法で用いられるフィートも、人の足の大きさをもとに決められた値で、1フィートは約30.48cm。曲尺の一寸と、ほぼ同じです。洋の東西はあっても、人間の大きさを元にサイズをはかる、というのが一般的だったのです。

ル・コルビュジエは、メートル法を生んだフランスで活躍した建築家ですが、人体の寸法を元にした「モデュロール」という空間尺度を生み出しました。

若い人には、尺貫法といってもピンと来ないかもしれませんが、それでも慣用句やことわざには多く使われていて、それをメートル法に置き換えたらさすがにオカシイなということはわかるでしょう。

一寸の虫にも五分の魂→3.03cmの虫にも15.2mmの魂
舌先三寸→舌先909mm
百貫デブ→375kgデブ

五分の魂、というのは数値換算ではなくて、同じだけの、互角の、という意味のほうがよいかもしれません。
それにしても、百貫デブというのはものすごい重さですが、ギネスブックの世界一体重が重い人は、なんと193貫も…(換算は、ご自分でやってみてください)。

取引には使えない、ということになっている尺貫法ですが、慣用句だけでなく、実際にはそこら中に残っています。
たとえば、お米の単位。
販売はキログラム単位で売られていることが多いのですが、炊飯は「合」で考えられているケースが殆んどです。炊飯器は「五合炊き」「一升炊き」などとカタログに明記されています。
日本酒も、一升瓶、という言葉があるように、この単位が生きています(ただ、稀に1.5リットルの瓶、などがあって、マギラワシイのですが)。

そして何より建築では、多分にこの尺貫法による寸法が残っています。多くの建材は尺による寸法を採用しています。一応は、910×1820mm、という表記をしたりしますが、ようするに三尺×六尺です。

建築に使われ、現在の「尺」の規範にもなった曲尺は、裏面にも目盛りが振られています。表の目盛りは一尺単位ですが、裏の目盛りは一尺四寸一分四厘、つまり√2寸が振られています。

尺貫法

「和漢三才図会」より、曲尺と竹尺


裏の目盛りで丸太の直径を測れば、表側の目盛りの角材がとれることがわかります。
曲尺は、勾配をはかるのにも使われました。
勾配の表現も、三寸勾配、四寸勾配というように、尺貫法が使われますが、水平方向十寸に対して、垂直方向が何寸あがったときの角度を表します。

不動産取引でも、坪という表記は㎡以上に目にしますし、建物の値段なども坪単価で表現したりします。
永六輔さんの活動もあって、これらの表記をしたらすぐに捕まる、ということはありませんが、取引に使ってはいけないのは変わりありません。土地の登記も、すべてメートル法で記述し直されています。しかし、尺貫法は3で割り切れる数、メートル法は10で割り切れる数。厳密に換算は出来無くて、「約30.3cm」というような形になりますから、膨大な日本の土地を換算し直すと、登記上どこかに消えてしまった土地が、実は結構あったりして…。

「春夏冬二升五合」という言葉があります。今でもお店に貼ってあったりすることがあります。
「春夏冬」で「秋がない」から「商い」、「二升」は升がふたつで「ますます」、「五合」は「半升」で「繁盛」ということで、「商いますます繁盛」。メートル法を否定するわけではないけれど、メートルだったら、こんなことは(少なくとも日本語では)出来ますまい。

おや、メートル法公布記念日の話なのに、メートルの活躍があまりない話になってしまいました。しかしメートル法が根付くのは、結局この法よりずっとあとのこと。そういう歴史的背景を忘れずに受け継いでいきましょう。