びおの珠玉記事
第153回
稲を干す。
※リニューアルする前の住まいマガジンびおから珠玉記事を再掲載しました。
(2008年12月17日の過去記事より再掲載)
この秋、東北へ行く機会があり、記者は東北新幹線に乗っていました。車窓を眺めていると、あることに目を奪われました。「お米の干し方が違う!」
それは、東海地方で育った記者にとっては、見たことがない稲の干し方でした。みのむしのような形。田んぼに1本の棒を立て、その棒に交互に稲を掛けて、積み重ねてあります。
「ほんにょ」「はざ」「はさぎ」…見たことありますか?
調べてみたところ、この干し方は「ほにょ」「ほんにょ」というようです。漢字で書くと「穂仁王」。「ほにょ」「ほんにょ」という何だかかわいらしい音の響きと、漢字の持つイメージのギャップが面白いです。その他、次のような言い方もあるようです。
- ほにお(穂鳰、穂仁王)
- くいがけ(杭がけ)
- 稲杭掛け
- 棒掛け
- 棒はさがけ
東北・秋田新幹線で宮城を経由して秋田へ、そして秋田から青森を回りましたが、その道すがら、この「ほんにょ」を多く見かけました。これまで見たことがなかったこともあり、東北の田園風景として大変印象に残りました。
これに対して、記者が見慣れていたのは、木を組み立てて足を作り、それに横木を渡し、横木に束ねた稲を二股にして掛けていく干し方です。代表的な呼び方では「はざ」(稲架)と言いますが、記者の住んでいる辺りでは「はず」と言います。これにはかなり多くの呼び方があるようです。調べていて出てきたものを挙げてみます。
- 稲架(はさ、はせ、はぜ、はで、とうか、ほぎ、いなき)
- 稲架掛け(はさがけ、はざかけ、はざがけ、はせかけ、はせがけ)
- 稲掛け(いねがけ、いねかけ、いなかけ)
- ハッテ
- 稲ハデ
- 稲木(いなき、いなぎ、いのき)
- 稲機(いなばた)
- 穂かけ
- おだがけ
- かけぼし
これだけ多くの呼び方があるということは、それだけ米づくりが盛んであって、至るところで米が作られてきたということで、米がいかに私たちの生活に密着したものであるかということの現れであるように思います。
また、新潟県には「稲架木」というものがあります。田んぼの横に直線状に木を植え、並木にします。その木の下枝を払って、木と木の間に横木を渡して、そこに稲を干します。言ってみれば生きている杭です。稲架木にするのは、主にハンノキやタモノキ(トネリコ)などです。稲架木は下枝を払いますので、独特の樹形になります。新潟の田園風景のシンボルとも言えるものです。
「巨樹拝見」より
満願寺稲架木(はさぎ)並木
http://seseragi.cocolog-nifty.com/blog/cat6861013/
新潟市秋葉区Webサイトより
秋葉区の宝物 満願寺稲架木(はさぎ)並木有形民俗(市指定文化財)
https://www.city.niigata.lg.jp/akiha/about/kankou/culture/takara/takara04.html
このように、いろいろな稲の干し方があることを、とても興味深く感じます。
米づくりの長い歴史の中で、それぞれの地域の気候風土に合わせた干し方をするようになった、ということなのでしょう。
広い日本、まだまだ他の干し方や、他の呼び方があるかもしれません。ご存じの方はぜひ教えてください。
次第に少なくなっている稲の天日干し
脱穀したばかりのもみは、23~25%の水分を含んでいます。水分が多いと、もみすり(もみがらを取り除き玄米にする)をしにくく、また、保管している間にカビが生えたり、虫がわいたりするため、水分が15%程度になるまで乾燥させます。短時間で乾かすと表面がひび割れて、かさかさになって、美味しいお米にならないので、時間をかけてゆっくりと乾燥させます。
以前は、専ら刈り取った稲を田んぼで干し、太陽のもとで天日干しにしていました。上で見てきたような方法です。しかし現在では、天日干しは次第に少なくなっています。
農業の機械化が進み、コンバインで稲の刈り取りと脱穀を行い、その後、大きな乾燥機でモミを乾燥させるライスセンターや、モミを乾燥し出荷まで保管ができるカントリーエレベーターという施設に運ばれるのが主流となっています。
記者(30代半ば)が子どもの頃には、秋になると、あちこちで稲架を見かけたものでした。
その稲架が次第に減っていることに気づかずに、年を重ねていました。しかし、今年、意識的に稲架を探してみたところ、ほんの数ヶ所しか見つけることができませんでした。
見つけた稲架も、昔のような木ではなく、金属の棒で組み立てられていました。そして、以前は4段とか5段とか、高く聳え立っている稲架もよく見ましたが、今年見つけることができたのは、1段のものだけでした。
新潟県の稲架木も次々と姿を消していて、新潟市にある「満願寺稲架木並木」は、市の指定文化財になっている程です。
天日干しをすると?
それでは、機械乾燥と天日干し(自然乾燥)には、どのような違いがあるのでしょうか。
先に「短時間で乾かすと表面がひび割れて、かさかさになって、美味しいお米にならないので、時間をかけてゆっくりと乾燥させます」と書きましたが、実際にどのくらいの時間をかけて乾燥させているのか、調べてみました。
機械乾燥の場合、機械の種類やその時の湿度等によって違いがありますが、7~8時間、12時間、ほぼ一昼夜、一晩、等と言われています。
天日干しの場合は、これも天候や乾燥状態によって違いがありますが、1~3週間、と言われています。
「ゆっくり」の度合いはかなり違います。
機械乾燥が主流になった現在でも、天日干しを続けている農家があります。それは何故?と考えてみると、ズバリ、「美味しいから」と言えるようです。
機械乾燥の場合、コンバインで稲を刈り取り、それと同時に脱穀がされます。その時点で米は茎から切り離されてしまいます。それを乾燥機に入れて、乾燥させるのです。
天日干しの場合は、茎ごと刈り取ります。そして稲は太陽の光を浴びながら、風に当たりながら、時間をかけて少しずつ、ゆっくり乾燥していきます。 作り手は、天日干しをしている間、満遍なく乾燥させるために、稲の掛け換えを行います。刈り取られた稲の葉や茎はまだ生きていて、葉は光合成を続けています。そして、稲は最後の力を振り絞って、葉や茎に残った養分を、もみ(米粒)へ送ります。
また、天日干しの場合、機械乾燥に比べてゆっくりと水分が低下するので、米の表面の「のり層」を壊すことなく、乾燥させることができます。この「のり層」には旨みの成分が含まれていて、これを残すことが、美味しさにつながります。
もみだけを乾燥させるのとは違って、急激に乾燥しないので、もみの割れも少なくなります。
これらのことにより、天日干しのお米は、旨み、甘みが増し、美味しくなります。
機械乾燥のものと比べて、長期保存でも米の粘り、つやがあり、お米の旨みが違うと言います。また、冷めても味が落ちないと言われます。
しかし、天候がよくないと、乾燥むらができたり、品質が低下したりするという問題もあります。
機械乾燥の場合も、乾燥速度が速かったり、機械の操作が適切でないと、乾燥むらや品質の低下を招きます。このため、機械の操作や制御の自動化が進んでいます。
天日干しの米を食べてみよう!
本当に天日干しの米は美味しいのか、実際に食べてみることにしました。
先に見てきたように、稲の天日干しは次第に少なくなっています。大変多くの時間と手間がかかるからです。現在市場に流通している米のほとんどは、機械乾燥のものです。
それでも、当初、記者は「品揃えのよいスーパーなら、少しぐらい置いてあるのではないか」と高を括っていました。編集部のある静岡県浜松市は、政令指定都市にもなりましたし、東京や大阪などの大都市ほどではないにしても、物流の面では、そこそこ恵まれているのではないかと思います。
しかし、実際に天日干しの米を探してみたところ、予想外の展開が待っていました。具体的に言いますと、次のような状況でした。
- 品揃えがよいとされているスーパー:販売していない。
- 比較的手広く展開している米穀店:「扱っていません」との回答。
- 百貨店:置いてある米に「天日干し」の表示はない、取引先に問い合わせてみないと分からない、との回答。
- 別の米穀店:こだわっている生産者の方がいるので聞いてみます、との回答。→少しだけならあるので分けてくださる、とのこと。
また、インターネットによる通信販売で買うことができました。既に売り切れている業者もありましたが。一般の消費者が天日干しの米を購入するには、この方法が一番手っ取り早いと思われます。あるいは、米穀店で探してもらうか。
考えていた以上に、天日干しの米は減少していて、あまり市場に流通しておらず、貴重なものになっているようです。
生産者が、自分たち家族が食べる分は天日干しにして、農協等へ出荷する分は機械乾燥にしている、というケースもよくあるようです。
さて、こうした経緯を経て、手に入れた天日干しの米。編集部では、兵庫県産の「平成20年度新米・天日干しコシヒカリ」を購入しました。味の方はどうだったかというと…。
確かに、美味しかったです。まず香りがよく、もっちりしていて美味しい、というのが編集部の感想です。
日本の原風景に想いを馳せて
農業の機械化の進展は、労働時間を短縮し、生産性を高める等、農業の発展や農家の経営に貢献してきました。これを否定できるものではありません。
しかし、日本の原風景である天日干しの風景が失われてしまってよいのだろうか、と考えると、首を縦に振ることができません。失われてしまってはいけないと思うし、失われてしまうのは純粋に寂しいです。
それでは、私たちに何ができるのでしょうか。
幾分高い代金を払っても、美味しい天日干しの米が食べたい、という消費者が増え、需要が高まれば、生産量も増加し、天日干しの風景を守っていけるのでしょうか?
- 天日干しには大変な時間と手間がかかること、天候によるリスクがあること。
- 生産者の高齢化・後継者不足。
- 天日干しの米より安価な機械乾燥の米。はたまた、さらに安価な外国産の米。
市場原理にさらされ、生産の効率性を求められれば、残念ながら天日干しは消えゆく運命なのではないか、という考えが浮かんできてしまいます。
おそらく、市場原理や生産の効率性といった観点だけではなく、私たちが別の観点、価値観を持つことが必要なのだと思います。
天日干しの風景、米づくりの風景は日本の原風景であり、稲作自体が、まさに日本の文化そのものです。その文化を守っていきたいし、守っていかなければならない、と思います。
そのために、私たちには何ができるのでしょうか…。
例えば、
秋の田園風景っていいよな。あれ、ひょっとしてうちの子は稲架を見たことないんじゃないか?一度見せてやりたいなあ。俺も稲刈りとか稲架掛けとか、したことないなあ。子どもと一緒に体験できたらいいかもしれない。
とか、
日本の食料廃棄率25%?食料自給率が低いことが問題になってるのに?そういえば、昔はごはんを残すとひどく怒られたものだけど、最近はあまりそういうことを聞かないな。どうしてだろう?米や食べ物の有難み、それを作ってくれる人への感謝の気持ちが薄れているのかもしれない。それでいいのだろうか。
とか、
お米は私たちの主食だもんね。大事にしなくちゃ。私ももっとお米を食べるようにしよう!とりあえず朝食はごはんで。
……等々、まずは、皆が身近なところで、私たちの主食である米について見つめ直してみる、米について考えてみる、「食」について考えてみる、そこから始めるしかないのではないかと思います。
文句なしに、日本の米づくりの風景は美しいです。
(文と写真/杉浦木綿子)
*こんな活動がありました。
「はさ掛けトラスト 食と住をつなぐ ~お米作りとストローベイルハウス~」より
はさ掛けトラストとは
http://ku-sumu.seesaa.net/article/17924319.html
稲刈り&はさ掛けイベント!
http://ku-sumu.seesaa.net/article/107195038.html
NPO法人 棚田ネットワークWebサイト
http://www.tanada.or.jp/
*びお特撰こだわりブログ「酢を造るといふ仕事」より
京都・宮津のお酢やさん、飯尾醸造さんでは、酢造りのために、農薬を使わない米作りをしています。その米の天日干しの様子です。
稲刈り間近、準備が着々と進んでおります
http://iio-jozo.livedoor.biz/archives/50706855.html
晴れた! 刈り放題の稲刈り体験会初日
http://iio-jozo.livedoor.biz/archives/50709569.html
名古屋高島屋からベテランが応援に
http://iio-jozo.livedoor.biz/archives/50711443.html