びおの珠玉記事
第168回
日本の森の香り
※リニューアルする前の住まいマガジンびおから珠玉記事を再掲載しました。
(2009年05月05日の過去記事より再掲載)
嗅覚、つかってますか?
五感に響く、という言葉があります。五感とは、視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚。
この五感すべてを普段から生かしているか、と我が身に問うと、日常では視覚と聴覚ばかりが積極的に使われて、触覚、味覚、嗅覚は十分活用できているとはいえません。
テレビやネットでも、触覚、味覚、臭覚を伝えることはできません。
触覚や味覚は、その対象に触れなければわからない感覚ですが、嗅覚は触れることなく感じることのできるものです。ですから、野生においては獲物を見つけたり、あるいは危険を察知するための重要な感覚です。
日常の生活でも、日数が経った食品の匂いを嗅いで、傷みを判断したりすることがあります。嗅覚が危機察知のための感覚である名残でしょうか。
そんな嗅覚を刺激し、健康や美容に役立てよう、というのがアロマテラピーです。
アロマテラピーという言葉は、アロマ(芳香)とテラピー(療法)を組み合わせた造語です。
日本の森から
森林浴、という言葉があるように、木々に囲まれた環境はとてもリラックスできるものです。森の中では視覚、聴覚はもちろん、嗅覚も大いに刺激されます。森林浴の説明に、「フィトンチッド」によってリラックスできます、といったようなものがよくみられます。
実際には、フィトンチッドという一種類の物質が分泌されているのではなく、樹木から発せられる様々な成分を総称してそう呼んでいます。植物が分泌する物質は樹種によってさまざまです。森のなかは、いろいろな樹木から出るにおいや土のにおいなど、さまざまなにおいでいっぱいです。
そんなわけで、いつも森のなかでリラックスしていられたらよいのですが、そうもいかないのが現代人のつらいところです。せっかく67%もの森林率を持つ日本に住みながら、なんともったいないことでしょうか。
そうはいいながらも、実は日本の森林は荒れています。かつて、森林は山村の収入源でした。木材は建築用材だけでなく、さまざまな道具の材料として、また燃料などに用いられ、また獣肉や山菜といったものも交易に使われて来ました。現在ではこうしたニーズはほとんど工業製品にとってかわられ、建築用材も外材にそのシェアを奪われました。人が手を入れることで出来ていた二次自然は、存亡の危機にあります。
森林を守るために間伐を、と言われて補助金が投じられていますが、間伐すればカネくれるんでしょとばかりの切り捨て間伐が行われるなど、健全な森ばかりではありません。
間伐材を有効に利用することは、森林の循環にします。そうした間伐材や枝葉、いわゆる林地残材と呼ばれるような素材を集めて有効利用しよう、というのが、日本の森から生まれたアロマ、yuica(ゆいか)です。
水蒸気蒸留法で抽出するその精油は、5kgの原材料から5ml程度しかとれません。その成分以外、何も足さず、何も引かずにつくられています。
精油は樹木のエッセンスが凝縮されたものです。日本の法律では薬物扱いにはなっていませんが、純度が高く、いきなり鼻を近づけるような嗅ぎ方は禁物です。そうした注意を聞きながら、さまざまなアロマを試させてもらいました。
アロマをためす
たくさんのテスターから、まずはヒノキを。
法隆寺につかわれているヒノキは、今でも削ればいい香りがしてくる、なんていう話もあるほどです。
ヒノキというとヒノキチオール、という思い込みがありますが、実際のところヒノキにはほとんど含まれていないそうです。
ヒノキのエッセンシャルオイルは、木だけでなく、葉、枝葉がそれぞれ用意されていて、面白いことに皆違う香りなのですが、それでも皆ヒノキのそれだとわかります。
アスナロ(翌檜)は、その字のとおり、明日はヒノキになろう、という希望の木として知られています。同じヒノキ科の木ですが、香りはまったく違っています。アスナロはヒバとも呼ばれます。防虫・抗菌効果が高く、腐りにくいこと、またヒノキチオールを含むから風呂にも使われる材です。アロマにも、同じような効能が期待できそうです。
スギはヒノキと並んで建築用材に多く用いられています。ヒノキのような個性の強い香りではありませんが、ホッとするような木のにおいです。
この他にも、さまざまな日本産アロマがあります。ミズメザクラのエッセンシャルオイルは、その成分の殆どがサリチル酸メチルです。これは、いわゆる湿布剤の元になっているもので、消炎、鎮痛作用があります。香りは完全に湿布のそれ、というより、湿布以上に湿布のにおい、といいましょうか。ツーンと強烈です。
さて、一番人気のある香りを訪ねてみたら、クロモジです、とのお答え。クロモジのオイルの主成分はリナロール、これはかの有名な、マリリン・モンローが寝るときに唯一身につけていた、というシャネルの5番にも使われている成分です。
現在はリナロールも工業的に合成されるようになりましたが、かつてはその元となるローズウッドを求めて、ヨーロッパからアマゾンに伐採の手が伸び、過剰伐採によって今では絶滅の危機に瀕しています。
そんなリナロールが、クロモジにも含まれていました。yuicaのクロモジオイルは、人工林ではなく原生林のクロモジを使っていますが、再生可能なように、枝葉のみをいただいてくるそうです。
エッセンシャルオイルは非常に純度が高く、マッサージなどにはそのまま使うことはできません。キャリアオイルで希釈して使います。そのキャリアオイルには、国産の無農薬米から抽出したライスキャリアオイルが用意されています。
精油は初心者には使い方が少しむずかしいかもしれません。スプレーは、シュッとひと吹きで芳香が広がります。
入浴剤やシャンプー、コンディショナー、ボディーソープなどもラインナップされています。まさに森林浴。
視覚や聴覚などが、大脳新皮質、つまり進化的に新しい部分で認知されるのに対し、嗅覚は大脳辺縁系に伝えられます。嗅覚は、より本能的な行動であることのあらわれです。
何かのにおいを嗅いだときに、以前の記憶が蘇ってきた経験はありませんか。においは、それをかつて嗅いだときの記憶を呼び起こす効果もあるといわれています。
よい空間、よい時間をずっと覚えておきたい、思い出したいときには、それにあった香りがふさわしいですね。
協力:あさのは屋