びおの珠玉記事

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麦秋至・麦とビールと珪藻土の話

※リニューアルする前の住まいマガジンびおから再掲載しました。
(2013年05月31日の過去記事より再掲載)

ビールと麦畑
小満の末候は「麦秋至」。これから梅雨入りを迎えようというのに「秋」というのは不思議に感じるかもしれませんが、収穫期を迎える麦にとっての秋、ということです。
二十四節気は旧暦をもとに作られているため、実際の季節とはずれることも多いのですが、麦秋は現代の暦ともあっているのか、見事な黄金色の麦畑が、ちょうど今頃よく見られます。

とはいえ、麦秋の風景が見られるところは一昔前に比べると激減し、麦の自給率は、1970年代に大幅に低下し、その後、低い値で推移を続けています。そのあたりについては、以前の麦秋の記事に詳しいので、ぜひご覧ください。

ビールに含まれる麦の割合

麦の自給率は、平成23年度で小麦が11%、大麦・はだか麦が8%。自給されない分は、当然外国産ということになりますが、これは国家貿易によって、国が一元輸入し、製粉企業に販売するかたちになっています。この時の、国から製粉企業に売り渡されるときの価格・政府売渡価格が大きく変動すると、製粉会社も製品の価格に転嫁することになります。

このところの円安で、輸入小麦の価格も上昇し、この4月期の政府売渡価格は平均で9.7%の値上げとなり、家庭用小麦粉やパンといった小売食品も、そろそろ値上げの声が聞こえています。もっとも、この政府売渡価格、2012年には円安の影響もあって、平均で15%引き下げられていて、小麦粉の小売もそれに伴って引き下げられたのですが、またすぐに戻ってしまうかたちになりました。

ビールの原料になる大麦の自給率も低く、主に輸入の大麦が使われていて、一部国産の契約生産大麦を使っている場合は、それが宣伝文句になるほどです。

また、日本のビールに含まれる「麦」の割合は、なんともスッキリしないものになっています。

現行の酒税法では、以下をビールの定義としています。

次に掲げる酒類でアルコール分が二十度未満のものをいう。
イ 麦芽、ホップ及び水を原料として発酵させたもの
ロ 麦芽、ホップ、水及び麦その他の政令で定める物品を原料として発酵させたもの(その原料中当該政令で定める物品の重量の合計が麦芽の重量の百分の五十を超えないものに限る。)

このうち、イは俗にいう麦芽100%(ホップは当然入ります)。

ビールの原材料

原材料は麦芽、ホップ(原材料の表示基準に水は含まれないので書かれていません)。右のほうを見ると、麦芽は欧州産であることがわかります。

上の例ではヨーロッパの麦を使っていますが、ともあれ麦芽100%のイは、問題ないとして、困ったのはロです。

その他の政令で定める物品、というものと、麦芽の重量が百分の五十を超えないもの。
まず、その他の物品って、どんなものでしょう。
アサヒの一番の売れ筋、スーパードライを見てみると、「麦芽、ホップ、米、コーン、スターチ」とあります。

スーパードライの原材料

麦芽、ホップ、米、コーン、スターチ。コーンスターチ、ではないです。


米、コーン、スターチ。さて、これらはビールの中で何をしているのか。

アサヒビールのWEBサイトでは、これらを「副原料」と呼び、「麦芽のでんぷん質を補い、たんぱく質とのバランスを調整することで、ビールの味わいをすっきりさせる」という説明が書かれています。わかったようで、わからない説明ですが…。

そして、もう一つ興味深いのが、「コーンスターチ」ではなく、「コーン」と「スターチ」であるところ。米、コーンの他に、スターチ、即ちでんぷんが入っています。

別のメーカーのWEBサイトでは、「コーン」はとうもろこしを粉砕したもの、「スターチ」はとうもろこし由来のでんぷん、と説明されています。だったら、「コーンスターチ」と書けばいいのに、どうしてそういう記載なのかな、他になにか入っているのでは、などと、勘ぐってしまいます。

こうした「副原料」がいろいろ入っても、麦芽が半分以上入っていればビール、という定義です。この割合、以前は2/3以上が麦芽であること、とされていました。それより麦芽の割合が低ければ、酒税がより安かったのです。

これに目をつけたビールメーカーは、麦芽が2/3を切るけれど、ビールのような飲み物を売り出しました。ところが、酒税法はこの発泡酒に目をつけて、ビールと定義される麦芽の割合を引き下げます。
するとメーカーもそれに対抗して新製品を発表します。

1990年代には、発泡酒ブームを迎え、買いに行くたびに新製品が出ているような状況でした。この頃デビューした発泡酒は、今は殆ど見受けられません。第三のビールと呼ばれる、さらにこの範疇にも属さない(酒税が安い)飲料が台頭してきたのです。

ビール純粋令

さて一方で、ドイツにあった「ビール純粋令」というものがあります。

ビールの本場・バイエルンには、ビール純粋令と呼ばれる法令がありました。1516年に、当時のバイエルン公国で定められた法令で、ビールは大麦、ホップ、水のみを原料とすること、販売価格の制限を行うなどして、混沌としていたビール事情を落ち着かせて、また税収も確保しようというものだったようです。
この法令は、後にバイエルンが王国となり、またドイツに参加した後も残り続けた、どころか、ドイツ統一の条件として、このビール純粋令をドイツ全土に適用するようにバイエルンが求め、ドイツはそれを受け入れました。

後に、EC発足後に、非関税障壁としてビール純粋令が問題視され、1987年にこの法令はドイツの輸出・輸入ビールには適用されなくなりましたが、今もバイエルンではこの純粋令を守ったビールづくりが続いているといいます。

実際に、ドイツ産ビールでも、日本で飲めるものには、発泡酒に該当するような副原料が入っているものもあります。しかし、多くの人がドイツビールに期待するのは、麦、ホップ、水だけで作られた、職人が作る昔ながらのビール、なのではないでしょうか。

片や、お上の網の目をかいくぐって、本来のものと似て非なる物を作る。片や、お上がもういいよ、といっても、昔ながらのやり方を続ける。

酒税の違いや歴史の違いもあって、一概にはいえませんが、ちょっと日本のビール事情は、ストーリーとしては美しくありませんね…。

ビールのろ材・珪藻土

ビールのろ材として使われているものに、珪藻土があります。
発酵中に出る混濁物質やビール酵母をろ過するのに、極細孔を持つ珪藻土を用い、その孔に吸着させます。

ビールに限らず、酒類は酵母が生きたまま残っていると、発酵が進みます。このことを熟成、と表現したりします。あるタイミングで酵母を取り除くために、加熱して酵母の働きを止めます。
これとは逆に、加熱せずに酵母を生かしたまま出荷し、加熱されたものにはない味わいや、経年の熟成を楽しんだりする種類のお酒もあります。

日本酒の場合は、絞った酒に火入れをして貯蔵、そして出荷時にもう一度、計二度の火入れをするのが一般的です。加熱によって酵母を止めて、常温貯蔵が出来るようになります(それでも日本酒好きは冷蔵庫に入れることが多いですが)。
これが、絞ったときの火入れだけになると「ひやおろし」や「寒おろし」となります。絞るときにも火入れをしないと、「生酒」となって、どちらも要冷蔵。冷蔵しておかないと、酵母が発酵をすすめてしまいます(それはそれで、酒好きには愉しいのだけど)。

日本酒の「生」は、酵母が生きている、というものです。
一方、ビールの「生」は、加熱処理の有無であって、酵母の有無を問いません。
それを「生」といえるのか、酵母が生きているか否かを争点にしてメーカー間が争ったこともありますが、結局、今はろ材によって酵母を除去してしまっても、加熱処理をしていなければ「生」ということになっています。

中にはキリン・クラシックラガーのように、一旦はブームに乗って生ビールとなったにもかかわらず、前の味が忘れられないというファンの声に応えて、加熱処理をした、昔のキリンラガービールを、クラシックラガーとして販売するようになったものもあります。

とはいえ、日本のビールの多くは「生ビール」です。ろ材の性能が高く、加熱しなくても酵母を取り除ける、すなわち保存に冷蔵が必要ない、ということで、流通しやすくなったことが、生ビールの普及に拍車をかけたのでしょう。
日本の生ビールは、ある面では珪藻土が支えている、といってもいいのでしょう。

ビールと珪藻土、おかしな共通点

ここで問題にしたいのは、塗り壁材等に用いられる珪藻土です。
珪藻土は、極めて小さな酵母をろ過できるほどに、小さな孔が無数にあり、比表面積が非常に大きいという特長を持っています。この細孔には、水蒸気を吸着させたり、逆に放出したりする性質があることから、珪藻土は調湿機能を持つとして、多くの製品が売られています。

珪藻土だけでは、左官材料としては繋がらないため、なんらかの固化材をいれることになります。
それはセメントだったり石膏だったりアクリル樹脂だったりと、様々です。
珪藻土の調湿性能は、細孔の大きさや量によって決まりますが、これを塞いでしまうような固化材を用いると、何のための珪藻土なのかわからなくなってしまいます。

この珪藻土壁材には、酒税法上でいう「ビール」「発泡酒」のような区別がありません。
ビールのように、「麦芽、ホップ、水」や「その他の政令で定める物品」というルールもなければ、その割合が何%以上必要だ、という定義もありません。珪藻土の割合がごくわずかでも、珪藻土と名を冠してして売ることが出来るのです。
下のグラフは、いくつかのメーカーの珪藻土壁材、として売られていたものに含まれる珪藻土含有量です。

珪藻土含有率

全部「珪藻土」の看板で売られていたものです。

さて、いろいろなメーカーの珪藻土建材に含まれる成分を見ると、いやはや、そのバリエーションに驚きます。
主成分しか記載していないところもあれば、詳しい内訳を書いているところもあります。
アクリルエマルジョン、メチルセルロースといった化学物質をはっきりとうたっているメーカーもあれば、自然素材として、パルプやセルロースファイバー、コーンスターチ、食用糊、でんぷん糊、といったものを含んでいるメーカーもあります。

ビールの原材料を思い出してみると、「スターチ」という表記がありました。先にも触れたように、スターチは、ビールのメーカーでは、コーン由来のでんぷん、とされています。ようするにコーンスターチ、のはずです。

ビールにおいては、この「スターチ」は、「麦芽のでんぷん質を補い、たんぱく質とのバランスを調整する」ために入れられているとのことですが、壁材の場合には、施工性をよくするための「のり」として用いられているようです。コーンスターチも食用糊もでんぷん糊も、同じようなものかな、と思うかもしれませんが、食用糊、という大きな括りの中には、実は多くの化学合成物質が含まれる可能性があることを忘れてはいけません。

例えば食品添加用の糊(ゲル化剤、増粘剤、安定剤など)には、キサンタンガム、カラギーナン、メチルセルロースといったものがあります。キサンタンガムはコーンから、カラギーナンは紅藻から、メチルセルロースは植物の繊維からそれぞれ作られるものです。

例えばメチルセルロースは、食品添加物の他、珪藻土に限らず、左官材料によく用いられる物質です。植物の繊維が原材料であることから、自然素材だというむきもあるようですが、その製造過程は植物から抽出したセルロースを水酸化ナトリウム等に混合し、アルカリセルロース化したものを、塩化メチルと反応させて製造する、というものです。果たしてこれを自然素材と呼べるのでしょうか。

むしろ、私たちが食べている食品添加物というものが、こうして作られたものなのだ、と思うと、仮に安全だとされていても、決して気分のいいものではありません。
食用糊、という大きな表記だけでは、こうしたものが入っている可能性を排除できません。

麦とホップ、という第三のビール飲料が売られています。原料に用いられているのは、麦とホップで作られた発泡酒とスピリッツ。これで、酒税法上は第三のビール扱いをクリアしながらも、「麦とホップ」という名前には偽りなし、というもののようです。たしかに、他の第三のビールに比べると、ビールっぽさはかなり高いものではあります。

発泡酒の原材料

発泡酒(麦芽、ホップ、大麦)、スピリッツ(大麦)。で、麦とホップ。まあ、確かにそうですが…。

それゆえか、この製品には「私には、ビールです」だとか「ビールと間違えるほどのうまさ」などの、ビールメーカーとしての矜持を疑うようなコピーが付けられています。メーカーは、第三のビールとは言えないので「新ジャンル」などと呼んでいますが、しかしこの売り方では、新規分野への挑戦というよりも、代用品である、という開き直りなのか、ビールに手が届かないだろう、という宣告なのか…。なんだか、悲しくなるではないですか。

珪藻土壁材も、「私には、珪藻土です」的なものがあるのですが、ビールのような決まりがないので、ビールと第三のビールほどに、簡単に見分けはつきません。

ビール系飲料にしても、珪藻土含有の少ない、また化学合成物質が含まれた珪藻土壁材にしても、別に法律に違反しているわけではなく、ただちに健康に害がある、というものでもありません。むしろ、どれもおなじようなものでしょ、安い方がいい、という人にとってはありがたいことなのかもしれません。

しかし、私たちはやはり、こうしたことには、どこかおかしいよ、という声を上げ続けたいと思っています。