まちの中の建築スケッチ
第92回
日大カザルスホール
——都心で生き残る建物——
日大カザルスホールは2010年に閉館となったが、林真理子日大理事長から2026年6月に復活することが発表されている。また、チェロのコンサートが聴けることを期待したい。少し遡ると、ウィリアム・メレル・ヴォ―リーズ(1880-1964)設計の主婦の友社(1925年竣工)が、老朽化して取り壊すことになったものを、磯崎新(1931-2022)の設計により、通りの後ろ側に音楽ホールと高層部を計画し、1987年「カザルスホール」として生まれ変わったのである。
低層部は、ヴォ―リーズの外壁がレリーフなども丁寧に再建された。そして2001年には、日大が建物を買収、その後、ホールとしては閉館されているが、建物は日大が使用している。筆者が理工学部の教員を務めたときには、1階に事務局や文具売り場があって、何度か利用したこともある。エントランスホールで展示会なども開催されている。
すぐ近くの山の上ホテルも、似たような運命にある。同じヴォ―リーズの設計による建物で、文豪が利用した都心のホテルとして人気があったように思うのだが、経営的には難しかったようで、2024年に休館、建物の存続も危ぶまれた。幸い、明治大学が保存活用を発表しており、またどのような形で生き返るのか楽しみでもある。
お茶の水は、大学まちでもあるが、質の高い建物が大学によって生き残るということは、建物にとって幸せだと思う。お茶の水では、明治大学も日本大学も、超高層棟をいくつも建ててはいるが、90年、100年の建物が大学にあることは大学としてのまちへの存在意義を見せてくれているとも言える。
まちの景観を構成する建物が、外壁保存という形で生き残る例は、近年少なくない。皇居前の第一生命ビルが、正面は保存され裏手に高層ビルと一体化した1993年DNタワー21として蘇った例なども、日大カザルスホールと似た構成になっている。
手前の旧主婦の友社の外観は、道路を隔てると全体が目に入るが、高層棟は、そうとうに引かないと上まで見えない。明治大学のリバティタワーの正面にあるので、リバティタワーの地下駐車場への進入路の横の空間をお借りしてスケッチした。
パリでは、外観はどこも保存が義務付けられていることで、まちの景観を保全している。東京もそろそろ、部分的でも良いので、そんなことを考えてもよいかもしれない。2004年に景観法ができて、自治体によっては、全域を景観地域に指定して条例で景観規制をしているところもある。東京都の区部では、そんな話を聴かない。都市整備局は東京都景観計画を策定し、2021年からは施行しているというが、極めて緩い。明治神宮外苑の都市景観は、今も議論されているが、どんな計画でどう施行しているのかと言いたい。まさに自治体の文化的見識の問題でもある。ヴォ―リーズがお茶の水に遺した都市景観は大切な資産だと思う。