びおの珠玉記事

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木は、三度生きる。

長生きする家を建てよう

木の一度目のいのち

木の誕生

植物は動物と違って、自分で歩き回って食べ物を得ることはできません。けれども、自分の体の中で栄養分をつくることができます。木が必要とする栄養分は、でんぷんや糖分です。木が、天空に向かって伸びようとする性質を持っているのは、太陽の光を浴びるためで、木は、天空から太陽光を、大気中から二酸化炭素を、根から吸い上げた水を使い、樹幹内に主成分となる糖質のセルロースやリグニンなどの炭素化合物を、木の幹や、枝、葉にストックさせて生長します。
この仕組みを光合成と言います。光合成を通じて、木は、二酸化炭素を吸い、酸素を出してくれます。木がどのくらい二酸化炭素を吸収するかというと、樹齢80年生のスギで約14kgです(林野庁による算出)。
木は、成長するときにより多く二酸化炭素を吸収します。スギでいうと、10~20年くらいがピークとされます。成熟した森林や、手入れがされてない荒れた森林(人工林)では吸収能力が低下します。
私たちが取り組んでいる人工林が、森林全体に占める割合は約4割です。原生林の保護が問題とされ、人工林は軽んじられる傾向にありますが、人工林も環境に大きな役割を果たしています。森林は、洪水や土砂崩れなどの災害を防ぎ、渇水を緩和する機能を持っています。もし人工林の手入れが悪く、間伐などが行われないと、密植された木は幹も細く、陽光が不足して下層植生が減少し、土壌や落葉が降雨で流出するなど、雨水を吸収する機能の低下を招きます。
人工林が放置されるということは、そのまま森林と人間との関係の荒廃を示すだけでなく、下流の都市住民にとっては、集中豪雨による洪水災害や、夏の渇水などの災禍をもたらす原因となります。
林業家が、下刈りや間伐などの手入れを行うのは、木の成長を助けるためですが、同時に二酸化炭素の吸収の点からも、地域環境の点からも大切なのです。

木材として生きる、二度目の木のいのち

伐採される木

伐採され、木材となった木は二酸化炭素を吸収しません。けれども、柱や梁、木の家具などに蓄積され、固定化されます。この二度目の木のいのちは、木の家なり、家具に、長く固定化されればされるほど、人の生活に役立ち、また、環境面でもいいのです。
もし、その住宅が百年持てば、その間に木は育ちます。木が、サスティナブルな材料と言われ、循環型社会のコア材料と言われるのは、この理由によります。
木の家が長寿命を保つには、木は、山に生えていた時とは別の、木材としての「生命力」を身につけなければなりません。山で伐採した「ズブ生」の木を、そのまま用いたのでは木は泣きます。木の「第二の生」をどう考えるのか、それはこの森の恵みを台無しにしないために、人がやれることです。
これから述べることは、木が、第二の生を全うするために、必要な手立てです。

木材乾燥と変形

木材を乾燥させる  

木材となった木の水分は2種類あります。一つは自由水です。細胞の中や細胞同士の隙間にあります。もう一つが結合水といって、木材の主成分のセルロースやリグニンと分子結合している水であり、結晶状態で木のなかにあります。
木の変形は、この結合水が抜けるときに起こります。木の含水率が25%前後の状態を、繊維飽和点といいます。これは自由水が完全に抜けた状態をいいます。この状態までは、ほとんど変形は起こりません。
平衡含水率という言葉があります。自然環境下に木材が置かれると、一定の温度、湿度の空気中において、材質中の水分量が平衡した含水率の状態になります。地域によって異なりますが、日本では約14%といわれています。したがって、木の含水率が30%前後の状態で家を建てると、3~10年掛けて、その値である14%まで含水率が下がります。木は伐ってから長い時間寝かせておくと、この内部応力はだんだんと緩みますが、先人たちが、「木は枯らして使うべし」といったのは、それによって平衡含水率の状態に持って行ったことを意味します。
昔の家は、木を伐採して「葉枯らし乾燥」を行い、原木置き場に寝かされ、製材後も製材工場や材木屋に立て掛けられ、建築の刻みに時間が掛けられ、建て方後も、土壁が乾くまで置かれました。つまり、木の伐採から、製材、建築の全過程は「乾燥過程」でもありました。
この木は枯らして用いるべし、というあり方は、昔の材木置き場を知っている世代は分かっていることです。その材木置き場がなくなり、そこにマンションが建てられて家賃収入が入るようになったのはいいとして、木を枯らす風習まで消えてしまいました。
現在は、山からズブ生の木がトラックで街に運ばれ、そのままプレカット工場に運ばれて加工され、大壁構造で木は壁の中に入れられ、高気密なべーパーバリアで閉じられたままなので、自らの水分を抜く余裕が与えられていません。結合水を多量に含んだ木が、木の内部応力に抗し切れず、変形を余儀なくされるのは、むべなるかなです。
これでは、木は第二の生を生きられません。自ら変形し、不満が顔を出し、暴れてしまうのです。木が可哀想です。

人工乾燥機の問題

かくして、木は人工乾燥で機械的に枯らすことになりましたが、近年最も普及しているのが高温蒸気式乾燥機です。
この方法は、短期間で結合水の結合をはずし、温度を沸点に近づけることによって木材内部の水に気化を促すやり方です。しかしこの方法では、炉内環境は木材内部の温度が十分に上がる前に、木材表面部分だけ乾燥されてしまい、その部分が縮み、割れてしまいます。これでは商品になりません。そこで開発されたのがドライングセットという方法です。これは表面を柔らかくしておいて、縮んでも割れずに伸びるようにしたうえで、表面だけを乾燥させるやり方です。
この乾燥法を、「まるでカツオのタタキみたい」といった人がいます。カツオのタタキは、表面だけ強火で焼けているものの、肉汁の部位にまで達しません。そのことによってタタキのカツオは、みずみずしさを残しているのですが、木がそれでは困ります。
高温蒸気式乾燥機に見られる材の内部割れの原因は、表面部分だけを乾燥して固めたがゆえに、木材内部で乾燥が進行する過程で体積が減少することにより、内部応力が発生して生じた現象と見ることができます。
木の乾燥法は、ほかに高温高周波式乾燥・パラフィン・マイクロ波・燻煙・低温(冷温)除湿等、あまたありますが、どの方法も、材内部の結合水を、乾燥釜から出た段階で平衡含水率以下に運んでいるとは言い難いのが実情です。
もし時間を掛けて木を枯らすことなく、木を乾燥させるとしたら、結合水をいかに抜くかがメルクマークとなるのであり、そこが人工乾燥法の核心といえないでしょうか。
日本の構造材は、芯持ち材を柱や梁に用います。北米のツーバイフォー工法と異なるのは、芯まで乾燥させる点です。針葉樹の中でも、日本のスギほど乾燥が難しい木はないと言われます(道産トドマツは、さらに難しい木でありますが)

Sドライの方法

Sドライの方法

Sドライは、高温の過熱蒸気を用います。
過熱蒸気を用いる乾燥法は、木材の分野ではSドライのほかに成功例がありません。過熱蒸気によって熱を木の内部に浸透させて、そこに残っている結合水を引き出すところに、独自の工夫があります。Sドライの特許要件とされるところです。
単なる高温乾燥法は、熱風を送り出して乾燥しますが、過熱蒸気は熱風の8倍の熱浸透性を持っています。この性質を活用し、あたかも繭が自ら糸を吐き出すように、木自身が第二の生をつくりだすために結合水を出してくれます。Sドライは、その手助けする役目を負っています。
この乾燥のメカニズムは、「利用マニュアル」の序文で述べた「曲げわっぱ」とそっくりです。「曲げわっぱ」は、はぎ板を一晩冷水に漬け、翌日、沸騰したお湯のなかに入れてリグニンを軟化させる工程を踏みます。Sドライでは、お湯の代わりに蒸気を使います。
一度、リグニンを軟化させて乾燥した木を元に戻すには、約240℃の温度が必要とされます。
凍るような寒い朝に、「曲げわっぱ」にアツアツのご飯を入れても形が変わらないのは、そのためです。おこわや根菜類など強火で蒸しても、蒸籠(せいろ)が型崩れしないのも、同じことです。
木は、Sドライで乾燥されることで、第二の生を得て、長く生き続けることができます。木が望んでいるのは、しっかり乾燥させないで、木が反ったり・狂ったり・縮んだりすることではない筈です。

燃料として生きる、三度目の木のいのち

木は、いずれの日にか焼却されたり、腐朽したりして、大気中に二酸化炭素として戻されます。木の第三の生は、この燃やされるときに、最後の力を振り絞ってエネルギーに自らを代えることです。燃やせば、当然、二酸化炭素を放出します。しかし、木に関してはカウントされません。何故なら、カーボン・ニュートラルとして評価されているからです。この言葉を直訳すると、カーボンは炭素、ニュートラルは中立です。「環境中の炭素循環量に対して中立」だという意味です。環境に大きく貢献した分をプラス・マイナスしたら、ニュートラルな状態なのだと、世界の良識が判断してくれたのです。カーボン・ニュートラルは、いわば木の名誉です。
カーボン・ニュートラルの炭素量変化の流れを追ってみましょう。

  1. 木を植え、木は生長する過程で二酸化炭素を大気中から吸収します。
  2. 木は、やがて成長を終えます。
  3. 木は伐採され、加工され、家や家具、紙などになることで二酸化炭素を固定化します。
  4. 建材や紙は、やがて焼却処分され、二酸化炭素が大気中に戻ります。
  5. 木くずや燃えかすになった灰は、微生物に分解されて、二酸化炭素やメタンとして大気中に戻ります。

このようなサイクルを、持続的に繰り返すのがカーボン・ニュートラルです。
そのことによって、木は、第三の生を全うするのです。

※この原稿は、Jパネル30利用マニュアル用に作成されたものです。