びおの七十二候
第35回
土潤溽暑・つちうるおうてむしあつし
溽暑とは、またむずかしい漢字です。躊躇うという漢字も、むずかしい漢字ですが、こちらはよく目にしますので、書けなくても読むことはできます。しかし、溽暑を「じょくしょ」と読める人は、そう多くはありません。その意味は、湿度の高い蒸し暑さをいいます。じっとしていても脂汗が滲んでくるような暑さです。
溽暑は、炎暑とは違います。ぎらぎら炎えるような太陽の光というより、曇り日の蒸し暑さを感じさせます。また、灼くる暑さというのとも違います。灼くる暑さは、直射熱を浴びた砂浜や、道路のアスファルトであって、溽暑は、身に纏わりつく空気の重さを感じさせます。油照という季語がありますが、この重苦しさは溽暑に似ています。
この溽暑に、土潤が付きます。暑気が土中の水分を蒸発させて蒸し暑いという意味ですが、それを表す言葉に「草いきれ」という季語があります。蒸せるような匂いと湿気を発する夏の草むらをいいますが、季語では「草いきり」とも「草の息」ともいいます。
蕪村に
という、何とも凄まじい句があります。むんむんとした草いきれの暑さの野道を歩いていたら、ここで人が死んで屍があるという立て札が立っていたというのですが、最も出遭いたくないことを、草いきれを季語として詠んでいるところに蕪村の現実を捉える目があります。
今候のびおからの提案は、暑いときは蕪村を詠もうです。
蕪村で、みんな知っている俳句といえば
です。五七五のなかに、自分の立ち位置と宇宙とが、渾然一体に詠まれており、想像をめぐらせると、暑さなんか吹っ飛びますから・・・。
蕪村の句集は、岩波文庫ものが手軽ですが、同じ文庫に入っている萩原朔太郎の『郷愁の詩人 与謝蕪村』が秀逸です。
松岡正剛さんは、webサイト「千夜千冊」の第850夜のなかで、
という句をあげて、
こういう句を見ていると、蕪村は耳の人でもあったなと思えてくる。そうなのだ、蕪村は案外に耳の人なのである。雲裡が再興した幻住庵に暁台が旅寝をしているところに蕪村が寄ったとき、蕪村は「丸盆の椎に昔の音聞かむ」と詠んでいる
といいます。
夏の音に耳を澄ましましょう。夜は、それだけで涼しくなりますので。
※リニューアルする前の住まいマガジンびおから再掲載しました。
(2008年07月29日の過去記事より再掲載)