森里海から「あののぉ」
第16回
灰屋
広島県の安佐町というところに「高床式の田小屋」なるものがあるという情報を、雑誌「チルチンびと」に掲載されている小林澄夫氏の記事で知ったのは2011年1月のことでした。
ちょうどその年の秋、島根県へ行く用事ができたので、途中安佐地区界隈を車でウロウロ走ってみたのです。すると探していた「田小屋」ではないのですが、この地独特の見慣れない小屋をいくつか発見したのです。まるであのベーハ小屋が讃岐平野の中に点在するように、それはこの地に在りました。
その小屋は灰屋とか灰小屋と呼ばれるものらしく、大きさや意匠はベーハ小屋のように統一感はなく様々ですが、基壇の部分が大方石積みでできているのが特徴のようです。後日調べてみると、草木灰や焼土などを製造する小屋でかつて広島県内に広く分布したようです。そこでは水田の土を、粗朶、ごみなどとともに焼いて、麦作の肥料としたそうです。これらは焼土法とか燻焼土法と言って全国的に見ても古い自給肥料づくりの農法であったようです。このように土地の農法と密接に結びついていたこれらの小屋は水田の農道脇などに点在し、この地方独特の田園風景を創り出しています。建築が風景をつくる典型的な例だと思います。
そしてこれらの小屋を構成する素材が石や土や木などの身近に存在する自然素材であることもまた、風景をつくる建築としての質を高めています。そしてそれらの素材は時と共に美しく朽ちていくのです。その経年美こそが、その地の原風景の一部としての点景の存在を成立させているのです。
現代の建築が忘れかけている建築としての本質的な価値がそこでは普通に表現されているのと思うのです。これらの点在する小さな小屋群はそんなメッセージを、私たちに発しているような気がしてなりません・・・。地域性とか土着性をいかに読み取って、その地に表現するのか。そこにしかない風景をいかにデザインするのか。今、私たちに与えられた大きなテーマだと思います。
※ 本連載は、菅組が発行する季刊誌『あののぉ』で著者が連載している内容を転載しています。