ぐるり雑考

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非構成的エンカウンターグループ

今日から穂高の山の中で、8日間のワークショップが始まる。この話をすると「8日間も!?」と驚く人が多い。さらに「テーマはない」と伝えると『マジわかんない』という顔をされる。
「決まっているのはご飯の時間だけ」「あとは広めの部屋で、集まった人たち(14名程度)と輪になって座り、話したくなった人が話すだけ」とつづけると、『そのなにが面白いの?』『そんなものにお金を払う人がいるってどういうこと?』という心の中の言葉が、テロップのように浮かんで見えるような見えないような。

撮影:二宮さん

でも目には『なにそれー!』と好奇心を浮かべている人が多い。“あらかじめ用意された落としどころがない”という設定に、どこか惹かれるものがあるのだろう。
このワークショップには、なにが得られるとか、学べるとか、成長できるといった謳い文句は一切添えられていない。一般的には「非構成的エンカウンターグループ」と呼ばれるもので、カウンセリングにおける「傾聴」という関与姿勢を提示したカール・ロジャース(心理学者、1902〜1987)が考案したプログラムだ。

ファシリテーターは、テーマやアクティビティの提案も、議題の整理も、示唆的な関与も行わない。同じ輪の中に腰を下ろして、みんなの話を聞く。役割の定義は曖昧で、少なくとも「ファシリテートする/される」といった、「売り/買い」のような関係は取らない。
ちなみにそのファシリテーションは、大阪のH氏にお願いしている。僕の立場は主催者で、始まったら参加メンバーの一人になる。そんな形で年に一度、秋の季節に開いてきてちょうど10年経った。落としどころの決まっていない、誘導性のない、参加者自身がつくり出す場のあり方を、たっぷり体験してみたかったのだ。


テーマがないので、おのずと沈黙が多くなる。でも空虚ではない。言葉になる前のいろいろな感覚がみっしり含まれていて、その沈黙の中からあらわれる言葉には“重さ”がある。暗いとかネガティブという意味ではなくて、ちゃんと重さのある言葉が生まれやすくなるというか。そんな言葉と一人ひとりの存在感で8日間は構築されてゆく。
調味料も水も一切加えない野菜スープのよう。僕はその味わいが好きだ。でも今年でやめようと思う。あきた。(つづく)

著者について

西村佳哲

西村佳哲にしむら・よしあき
プランニング・ディレクター、働き方研究家
1964年東京都生まれ。リビングワールド代表。武蔵野美術大学卒。つくる・書く・教える、三種類の仕事をしている。建築分野を経て、ウェブサイトやミュージアム展示物、公共空間のメディアづくりなど、各種デザインプロジェクトの企画・制作ディレクションを重ねる。現在は、徳島県神山町で地域創生事業に関わる。京都工芸繊維大学 非常勤講師。

連載について

西村さんは、デザインの仕事をしながら、著書『自分の仕事をつくる』(晶文社)をはじめ多分野の方へのインタビューを通して、私たちが新しい世界と出会うチャンスを届けてくれています。それらから気づきをもらい、影響された方も多いと思います。西村さんは毎日どんな風景を見て、どんなことを考えているのだろう。そんな素朴な疑問を投げてみたところ、フォトエッセイの連載が始まりました。