[びお考] 赤ちゃんにやさしい家
ネットには、あまりにも多くの情報が溢れています。住まいのことも例外にあらず。膨大な情報の波にまぎれて、大切なことを見失っていないだろうか。そんな疑問から、「びお」のもつ、住まいと生活の視点からいろんな人に聞いてみます。
「家を建てる理由ランキング」で、常に上位にあるのが「子どもができる(できた)」という理由です。それって、今の住まいが赤ちゃんにとって良くないってこと? 狭いから? 暑いから? 寒いから?
せっかく赤ちゃんのために住まいを考えるのなら、どんな家がいいんだろう。
赤ちゃんが感じる快適は、私たち大人と同じなんだろうか?
そんな疑問をいだいて向かったのは、北海道・札幌市立大学。この大学では、デザイン学部と看護学部が併設されているため、赤ちゃんにとっての住まいを「建築環境デザイン」と「助産」という両テーマから同時に考えることができる環境にあります。ここなら問いを解くヒントが得られるのではないか。そんな予感を持って、三人の先生を訪ねました。(企画=手の物語)
Vol.1 建築環境と助産のマリアージュ
今回、お話を伺ったのは、こちらのお三方です。聞き手は町の工務店ネット佐塚昌則です。
左から渡邉由加利さん(看護学・助産学)、大友舞さん(看護学・助産学)、斉藤雅也さん(建築環境学)
「冷え」た妊婦さんを助けたい
大友舞さんの決意
佐塚 大友さんは、教育の場に立つ前には、助産の現場で働いていたと伺いました。どうして大学の教員になられたんでしょうか?
大友 ここの教員になって2年目です。それまでは助産師をしていました。臨床の現場にいるときに、気になっていたのは「冷えている妊婦さんが多い」ということでした。
そういう人は、お産が進まなかったり、産後の出血が多かったり、うまく子育てができない人も多いな、と感じていました。
助産師は人に触れる仕事ですから、触れ合ってみると、ああやっぱり冷えているんだなあ、ということがわかるんですよ。
北海道という積雪寒冷地域では、特に冬になると冷えが強くなります。運動で改善しようにも、妊婦さんが、まして冬場に運動できる内容も場所も、限られてきます。
そういう積雪寒冷地域に住む妊婦さんのために、なにかしたいなあ、というのが教員を目指した発端です。今までは臨床の場にいましたが、学生を通して、妊婦さんに還元していきたいと思っています。
佐塚 今日は熱の専門家でもある斉藤先生とのお話ということですから、入口が「冷え」というのは、どストライクですね。
大友 どんな話になるかな、と楽しみですが、こういう機会ははじめてなので、結構緊張しています…。
佐塚 ご自身も子育て中、とのことですね。
大友 私の子どもを見ても、手足が冷たかったり、便秘だったり。熱を測ると、35.8℃とかなんですよね。これって低くないか、他のお子さんはどうなんだろう、どんな生活を送っているのかな……ということがとても気になっています。それで、まずは一番関係の深い妊婦さんに、よりよい生活を送ってもらいたいな、というビジョンがありました。
先行研究を調べると、妊婦さんの身体の、どういう場所が冷えている、というのはあるんですけど、どんな生活をしている、というものがなかなかないんですよ。特に積雪寒冷地域の生活が。そこが研究のテーマです。
斉藤 住宅の熱環境や体温を測るとか、そういう研究があったらお手伝いしますよ!
「体感」をつかんで「建築」とリンクさせる
斉藤雅也さんの境地
佐塚 僕は斉藤先生には以前からお話を伺っているのですが、改めて読者の方向けに紹介をお願いできますか。
斉藤 では改めて。
建築環境学・特に熱環境計画やそのデザインを専門にしています。建築という器の熱性能も、もちろん大事なんですが、その中で人間が周囲環境を「どう感知して、動けるか」ということを研究しています。
「想像温度」と呼ぶ、人間の身体を通して感じる体感温度ですが、温度計を見ないで、何度ぐらいの温度域に自分がいるかが感覚的にわかるかどうかの調査を、たくさんやっています。自分のなかの熱に対する物差しがちゃんとできているか、ということですね。
想像温度には実は地域性があって、たとえば札幌の多くの小学生は30℃以上を想像出来ないんですよ。これが熊本だったら32℃と34℃の違いが想像できる。では冬の想像温度はその逆、と言いたいところだけど、実は、札幌の子は18℃以下がわかんないんです。なぜかというと、家の熱性能が良く、暖房が発達しているから。逆に熊本の子は12℃と15℃の違いがわかるんですよ。
一同 すごい!
斉藤 でも、これは札幌の子がダメだ、という話じゃないんです。日々の生活環境の中に、想像することができる「体感温度の目盛り」があって、自分たちの許容域がどのぐらいかを知っているということなのでしょう。自分自身でどういうことをするとその環境や体感が変化するかということに、いかに関連づけられるかが大切なんです。
そういう頭の中で生まれる感覚とそれに伴う住まい方のソフトウェアと、ハードウェアとしての建築の作り方をリンクさせる、というのが大きな狙いです。
じつは、工務店などの建築のつくり手でも自身の想像温度がちゃんとしてないのでは? と思われる方は結構いるように感じます。当初、学会などの場で想像温度の話をした時ですが、「技術的なこととの接点はあるのか」「ヒトの体感だなんて当てにならない」「そういういい加減な話はしない方がいい」なんて言われたこともあります(笑)
だから「技術的なことにリンクしようとしてます」という話をするんだけど、工学的な考え方だと、いまの段階では想像温度はあてにならない、という話になっているようで、それを解明することが私の仕事でしょうかね。
今の建築環境工学の世界は、想像温度の概念がもつポテンシャルに気づかない、「想像力」が働かない人が多いのかもしれないなあ、もしかしたら(笑)。
妊婦さんの心身の快適性をつくる
渡邉由加利さんの導き
佐塚 渡邉先生には、大友先生をご紹介いただきました。デザインと看護のマリアージュの仲人のような方です。オブザーバーというか、進行を一緒にやっていただこうと思っています。渡邉先生のやられていることを教えていただけますか。
渡邉 助産師です。教員も長いです。取り組みの柱は、妊婦さんの「心身の快適性」です。コミュニケーションとか、心理的な心地よさなどを作っていけるか、ということを重視しています。
妊婦さんは、自分の気持や感覚を周囲につたえづらくなってきています。ちょっとおかしい、とか、ちょっとイライラする、というようなことを、ちゃんと言葉にしていって、楽になってもらうように。
助産師によく思われたい、怒られたくない、という方も多いので、ちゃんと言ってくれない方もいるのですが、だからこそ、それを話して楽になってほしいんです。ネットで何かを見ても楽になれません。ネットじゃなくて、人に話して安心したり、解決したりしていけるような妊婦さんの支援をしています。
その中で入ってくるのが「夫」。
一同 (爆笑)
佐塚 それはまた…今回のテーマ以上に深くなってしまいそうですから今度にしましょう。
渡邉 まあ、夫も含めて、はじめて子どもを生む、家族が変わっていくときに、人との関係や快適な環境をどう整えて言ったらいいのかな、というのがテーマです。
佐塚 ありがとうございます。と、自己紹介だけでも一回分になってしまいましたね。
「建築環境デザイン」と「助産」、この2つをどう結びつけようか、と事前に考え込んでいましたが、いきなり「冷え」という課題から、いきなり接点が生まれました。斉藤先生の、「感知して、動く」ということ。大友先生の「冷え」に端を発する妊婦さんの課題解決への気持ち。そして渡邊先生から提示された心身の快適性。このマリアージュで、「赤ちゃんにやさしい家」が解ける、そんな予感がします。
つづく