“Families” on the move
移動する「家族」の暮らし方
第1回
プロローグ
田舎にある一軒家、街中にあるアパート、海に浮かぶ船、丘の上のテント…。作家カーソン・エリスによる絵本『Home』には、世界のさまざまな家と、そこでの人びとの暮らしを想像させる美しい絵が描かれています。この本を眺めると、“Home”ということばをとりまく世界を旅することができます。
“Home”は、日本語では「家」、「家庭」、「故郷」など文脈に応じて色々なことばに訳されます。建物としての「家」だけでなく、「家」を中心に営まれる人間関係や暮らし、地域やコミュニティ、さらにそれらに対する思いや感情までも包み込む、広がりのあることばです。
私はこの連載で、移動する「家族」の暮らし方から、“Home”について考えたいと思っています。ここでいう移動する「家族」というのは、私自身のことであり、私の研究対象である国境を越える移住を経験した人びとのことでもあります。
私は生まれてからこれまでに、国内外で20回の引越しを経験しました。ひとつの家、地域に定住することなく転々としていたので、唯一の“Home”と呼べるような場所がありません。私にとって“Home”は、特定の場所ではなく、移動するたびにつくりなおし更新される拠点のようなものです。それは、ひとつの場所にしっかりと根を張って住み続けてきた人からすると、確かな拠り所なく漂っている「根無し草」のようで、さびしいことだと思われるかもしれません。私自身もそう感じていた時期がありました。けれど、ジョン・アーリという社会学者が書いた、いくつかの本に出会ってから考え方が変わりました。
アーリは数々の本の中で、「移動(あるいは移住)」の経験の持つ意味や価値に目を向けています。私は、アーリの本を読んで、進学、結婚、仕事、病気などさまざまな理由で、生まれた土地を離れて別の場所に移住した人びとの経験に興味を持つようになりました。特に、心理的、文化的、社会的に大きな負担や変化を伴う異国への移住を経験した人びとにとって、“Home”とは何か、ということを知りたくなり研究を始めました。
“Home”についての多様な物語を知ることは、長く同じ場所に住み続けている人びとにとっても、“Home”の価値を見直したり、“Home”をより良いものにしたりするきっかけを与えてくれるかもしれません。あるいは、将来、想定外の移住をしなければならなくなり、絶対的だったはずの“Home”の存在が揺らいだときに、あらためて環境を立て直す際の拠り所になるかもしれません。この連載では、そのような思いで、私自身や国境を越える移住を経験した人びとの物語を綴っていきます。