<遠野便り>
馬たちとの暮らしから教わること
第3回
12月:寒さの底へ降りていく
12月になり、森の木々の葉はすっかり落ちました。葉が落ちたので、遠く下を流れる渓流の音が聞こえてきます。木々に葉が覆い茂っている夏にはまったく聞こえなかった音です。音ばかりではなく見える世界も変わります。たとえば夏のあいだ繁茂する森に遮蔽されてまったく見ることのできなかった最上流の集落に上っていく道が、枝々から透けて見えるようになります。ため池の水の表面は凍っていることが多くなりました。ときどき降る雪が積もっては溶けて消えます。朝はだいたい氷点下です。
季節は巡りつづけて、寒さの底に向かって降りていく季節です。馬たちの世話を始める時間はまだ暗く、彼らの一日が終わる時間はすっかり闇の中です。一方満月の夜は、月は大きく高く、森の木々が幻想的な影を地面に落としています。牡ジカの鳴き声を聞くことはあまりなくなりました。シカの数頭の群れを林道ぎわでしばしば見かけます。キツネたちはあいかわらずマイペースです。クマはそろそろ冬ごもりでしょうか。夕暮れ、ハクチョウが編隊を組み独特の声で鳴きかわしながらねぐらに帰っていきます。
そんな季節にあっても、馬たちはほかの季節と変わることなく、日がな黙々と草を食みつづけています。彼らの耐寒性能は驚くべきものがあります。人が身震いするような寒い朝でも、悠々と早朝の食事の時間を過ごしています。彼らは冬毛の被毛とたっぷり蓄えた皮下脂肪に加え、草を常時食み続けることによる発熱によって、耐寒性を保ち続けるのです。これが春まで続きます。
ダンス、ダンス、ダンス
人と馬との運動(トレーニング)にはいい季節です。積雪がなくて寒い日が多いこの時期は、強度の高い運動にもってこいです。一緒に歩くから始まって一緒に走る。彼らだけ走る。走って戻ってくる。人と馬が全力で走って互いに接近しあい急停止する。馬がジャンプする。旋回する。立ち上がる。また両者が走り去る。戻ってきて鼻と鼻、口と口で互いを確かめ合う。熱い鼻息が人の顔全体を包みます。そんなふうに、さまざまに、そして自由に、人と馬の両者が同一平面上で体を動かします(グラウンドワークとかリバティワークと言います)。人も馬もときに熱狂するように、そして次の瞬間、両者の動きは急激に穏やかになり静止。静謐な気持ちを互いに確認しあいます。
氷点下だけれどもまだ積雪の少ない遠野の12月。息を荒くしながら、人と馬の激しいダンス時間は過ぎていきます。