<遠野便り>
馬たちとの暮らしから教わること

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2月:太陽は力強く

氷点下15℃前後に冷え込む朝や、寒波の吹き出しに伴うやっかいな量の降雪は繰り返しやってきますが、それでも立春を過ぎて太陽にも力強さがもどってきました。雪面に反射する光がまぶしい季節です。

閉伊郡

<遠野便り>の舞台の一つ「クイーンズメドウ・カントリーハウス」。
雪深い朝、全景を見下ろす。

カラ類のさえずりの音量がひときわ大きく森に響くようになりました。家の軒下に四季を通して住みついているスズメたちは、夜明け、みな羽毛いっぱいに空気をふくませて低木にすずなりになって寒さをしのいでいます。「ふくらすずめ」といって冬の季語だそうです。彼らは、妻が朝いちばんに持ってくる玄米の米粒の食事を心待ちにしています。

一方さらに大変なのは哺乳類たちです。いよいよ空腹が深刻になってきたシカたちは明るい時間でもクイーンズメドウの建物に入らんばかりの接近のしかたですし、ノウサギたちの足跡も、雪の少ない草の出ている場所を求めてでしょう建物周りを縦横に走っています。雪解けが本格化するこれからあとひと月ほど、越冬や冬眠をしない生き物たちの飢えと寒さとの闘いがまだもうしばらく続きます。いやはや。

インスピレーションの源泉としての馬暮らし

馬たちと暮らすことは、インスピレーションに満ちた特別な時間を生きる、ということでもあります。もちろんリアルな馬の飼育は、日々繰り返される単調でなかなかハードな筋肉労働であり、彼らのケアとトレーニングの時間を捻出するために何かほかのことをやめたり諦めたりするということでもあります。けれどもそれを補ってあまりある、大きな世界や知らない世界へ通じる扉があることを馬たちは教えてくれます。ですので、彼らの存在は、詩や物語や絵画や映像や身体パフォーマンスなどにおいて、古くから今日まで世界の人たちを魅了し続けてきました。それに、その世界を垣間見る扉を知るには、なにも才能溢れた芸術家である必要はありません。普通の私たちに対してでさえも、馬たちは時折その特別な世界への通路を贈り物のように開いてくれます。

どのようにして? その答えは、先月までのお話の中でも繰り返し書いてきました。〈その馬とともに、今、ここ〉を生きることによって、です。油断なく、毅然として、でもリラックスして、戦ったり支配したりする相手ではなく、戯れる仲間であり、けれども明瞭なリーダーシップをもって馬とともにいようとする。そうすると、人と馬という種の違いがさほど大きなものではないという〈感覚〉が、馬の側から圧倒的なエネルギーの流れのようなものとしてやってくる瞬間が起こります。これは、なかなか言葉に表しにくいのですが、現実の出来事として経験されるものです。

著者について

徳吉英一郎

徳吉英一郎とくよし・えいいちろう
1960年神奈川県生まれ。小学中学と放課後を開発著しい渋谷駅周辺の(当時まだ残っていた)原っぱや空き地や公園で過ごす。1996年妻と岩手県遠野市に移住。遠野ふるさと村開業、道の駅遠野風の丘開業業務に関わる。NPO法人遠野山里暮らしネットワーク立上げに参加。馬と暮らす現代版曲り家プロジェクト<クイーンズメドウ・カントリーハウス>にて、主に馬事・料理・宿泊施設運営等担当。妻と娘一人。自宅には馬一頭、犬一匹、猫一匹。

連載について

徳吉さんは、岩手県遠野市の早池峰山の南側、遠野盆地の北側にある<クイーンズメドウ・カントリーハウス>と自宅で、馬たちとともに暮らす生活を実践されています。この連載では、一ヶ月に一度、遠野からの季節のお便りとして、徳吉さんに馬たちとの暮らしぶりを伝えてもらいながら、自然との共生の実際を知る手がかりとしたいと思います。