<遠野便り>
馬たちとの暮らしから教わること
第5回
2月:太陽は力強く
往々にして、人は馬のそばに来ると、かわいいとか、怖いとか、何らかの感情の経験とともに、自分の心の中のその反応の世界に軸足を移してしまいます。けれども、まさにそうなってしまったその瞬間は、人は、〈馬とともに、今、ここに〉いるということを知らずにやめていて、そうすると、当該の馬とのコンタクトが外れていってしまう、ということが起こってしまいます。沸き起こる感情的な反応はそのままにして、馬の意識と馬の身体のありように心を注ぎ続ける、そんなことを意識していると、人によって起こり方はさまざまだと思いますが、不意に、心がつながった、意識が共有できた、馬の意識がこちらの心に流れ込んできた、といったような出来事が起こります。なんとも不思議で温かい経験です。
グレゴリー・コルベール(Gregory Colbert, 1960年4月19日-)という映像作家・写真家がいることを先日、妻が教えてくれました。世界的に著名な方でご存知の方も多いかもしれません。人間と動物の交流を映像や写真で撮り続け、The Nomadic Museumという移動式の美術館で世界を巡回しています。
彼は下記のような発言をしています。意訳するとこんな感じです。
「すべての動物たちが共有している言葉と詩的な感性の世界を探索する旅をおこなうにあたって、私は、かつての人間が自らを自然の一部以外の何者でもないと認識していたころには確かに持っていたはずの、ほかの動物との共有している地盤を再発見しようとしています」
これはまさに人と馬との間にもおいても同様です。確かに存在し、けれども見えにくくなっている馬たちとの共通の感性的な時間と空間を再発見する作業は、とても特別でユニークな時間となりえると思うのです。この関係は、人と馬との古くて新しい、そして、これからの時代にあってとても大事なタイプの関係性ではないかと思っています。
春の足音は遠くで聞こえています。もう少し。ふぶき、やがて風がやみ、雲間から光が差し込み、雪原が白く輝く。馬たちが遠くで静かに草を食み続けている。そんな2月の時間を楽しみたいと思います。