<遠野便り>
馬たちとの暮らしから教わること

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4月:変化の季節

4月は変化の季節です。4月1日と4月30日では、まるで風景が違います。山の色が変わります。茶色一色から、淡い緑の世界へ。カラマツが芽吹きはじめ、コナラを始め森の木々が後を追います。その緑のなかに、ぽつりぽつり、コブシの花の白、ヤマザクラの薄いピンクの点描が森を彩ります。

里の、雪が融けたばかりの田で大きな群れとなって日がな何かをついばんでは、旅立ちの準備をしていたハクチョウたちは、3月の終わりから4月、北へ向かって旅立ちました。それから10日ほどでしょうか。いつの間にか民家の軒をかすめるように、ツバメたちが南の空から戻ってきました。芽吹き前の明るいコナラ林の林床では、4月中旬ごろカタクリの花が春の陽射しを浴びています。スプリングエフェメラルの季節です。馬たちの冬毛から夏毛への換毛のピークも終わりを迎えています。越冬して生き延びたチョウがヒラヒラと飛んでいます。ウグイスが鳴き始めました。

そういえば、シカたちの姿を見なくなりました。きっと雪が溶けたので山の奥に移動していったのでしょう。もう、どきどきしながら人の気配のそばに来て馬たちの牧草を食べに来なくていい季節です。その代わり、クマたちは冬ごもりを終えてあたりを歩き始めています。出会うことはめったにありませんが、黒い大きな塊の糞が林道や森の小道に落ちていたりします。

削蹄

雪が融けた4月は削蹄の季節。削蹄師のマサミツ君に来てもらう。専用の鋏、専用のナイフ、専用のやすりを駆使してきれいにトリムしていく。けっこう脚を上げる。

19世紀から20世紀にかけてのスペインの詩人で、ノーベル文学賞を受賞したフアン・ラモン・ヒメネスの若き日の代表作に『プラテーロとわたし』(理論社/岩波文庫)という作品があります。〈プラテーロ〉は、作中の〈わたし〉がいつもいっしょにいるロバの名前です。こんなふうに、自分の馬と過ごしたり、おしゃべりをしたり、それを文章にしたりできればなんて素敵なことだろう!と思うような短いお話がいっぱいです。ときどき、〈わたし〉は〈プラテーロ〉に呼びかけるのですが、それがとても柔らくて温かい感じなのです(訳文も訳文とは信じられないほど温もりがあります)。呼びかけは、たとえばこんなふうです。「きょうだけはね、プラテーロ…」「ごらん、プラテーロ…」「このあいだの雨で溢れているよ、プラテーロ…」「この土手に上るんだよ、プラテーロ…」「三人のお婆さんを見てごらん、プラテーロ…」「この木はね、プラテーロ…」。

どちらも茶色。馬の場合は栗毛といいます。人が両方を飼育するようになったので、捕食者-被捕食者の関係を超えた。

著者について

徳吉英一郎

徳吉英一郎とくよし・えいいちろう
1960年神奈川県生まれ。小学中学と放課後を開発著しい渋谷駅周辺の(当時まだ残っていた)原っぱや空き地や公園で過ごす。1996年妻と岩手県遠野市に移住。遠野ふるさと村開業、道の駅遠野風の丘開業業務に関わる。NPO法人遠野山里暮らしネットワーク立上げに参加。馬と暮らす現代版曲り家プロジェクト<クイーンズメドウ・カントリーハウス>にて、主に馬事・料理・宿泊施設運営等担当。妻と娘一人。自宅には馬一頭、犬一匹、猫一匹。

連載について

徳吉さんは、岩手県遠野市の早池峰山の南側、遠野盆地の北側にある<クイーンズメドウ・カントリーハウス>と自宅で、馬たちとともに暮らす生活を実践されています。この連載では、一ヶ月に一度、遠野からの季節のお便りとして、徳吉さんに馬たちとの暮らしぶりを伝えてもらいながら、自然との共生の実際を知る手がかりとしたいと思います。