びおの珠玉記事

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こたつ

※リニューアルする前の住まいマガジンびおから珠玉記事を再掲載しました。
(2014年02月14日の過去記事より再掲載)

こたつ

みなさんの家に、こたつ(炬燵・火燵)はありますか。
こたつは、日本に古くからある暖房器具ですが、近年はその存在感がかすんでいます。
大手のメーカーは電気こたつの生産から撤退しています。
設備機器の一次エネルギー消費量計算にも、こたつは選択肢に出てきません。
この一次エネルギー算定で選べる暖房設備は、

・ルームエアコンディショナー
・FF暖房機
・パネルラジエーター
・温水床暖房
・ファンコンベクター
・電気ヒーター式床暖房
・電気蓄熱式暖房器
・その他の暖房機器設備
・設置しない
・ルームエアコンディショナー付温水床暖房機
・その他の暖房機器設備
・暖房設備機器または放熱器を設置しない

という選択肢です。
「その他の暖房機器設備」も、こたつを表すものではありません。
実際にこの計算をする際には、エアコンやパネルラジエーター、FF暖房機など(地域によって異なる)に置き換えて計算されてしまいます。

先の「その他」を選んだ場合と同様に、「設置しない」という選択肢を選んでも、あらかじめ定められた暖房機器に置き換えて計算されることになります。いくらなんでも、この手の暖房入れるでしょう、という決め付けというわけです。

こたつがこの基準に含まれていないのは、建築設備ではない器具で、設計時点では把握できないため、とされています。
もっとも、こたつは「暖房」と呼んでいいかといえば、そもそも疑問も残ります。暖房の「房」とは、部屋、住まいといった空間を意味しますが、こたつは空間を暖めません。こたつの内部という局所、もっと言えばそこに入っている人の下半身だけを暖める器具です。目的も機能も、エアコンとは全然違うのです。

統計でも爪弾きのこたつ

電気こたつの生産は年々減少しているようで、経済産業省生産の動態統計でも、平成15年を最後に調査が打ち切られています。

平成15年までの直近5年の生産・販売台数は、以下のとおりです。

平成15年機械統計年報より、電気こたつの生産・出荷

平成15年機械統計年報より、電気こたつの生産・出荷

生産と販売台数だけをピックアップすると以下のとおり。

生産 販売
平成11年 712,900 827,666
平成12年 657,577 667,839
平成13年 633,934 656,664
平成14年 292,550 459,661
平成15年 247,735 284,429

 

同じ時期のセパレート型エアコンの製造・販売は以下のとおり。

平成15年機械統計年報より、セパレートエアコンの生産・出荷

平成15年機械統計年報より、セパレートエアコンの生産・出荷
※平成15年機械統計年報(経済産業省)より。


1000万台を軽く超えています。単価も違い、市場規模は比べるまでもありません。

さて、こたつは実際のところどのぐらい普及しているのでしょうか。
5年ごとに行われている全国消費実態調査でも、最新の平成21年調査には、電気こたつの項目がありません。
もう10年近く前となってしまいますが、最後にこたつの動向が報告されている平成16年調査を見てみましょう。

この調査によると、電気こたつの全国普及率は72%。

都道府県別に普及率の高い順に並べると、以下のとおりです。

都道府県 普及率
群馬県 95.6
島根県 94.5
福島県 93.7
和歌山県 92.0
長野県 91.8
栃木県 91.6
愛媛県 91.2
徳島県 89.8
山梨県 88.2
大分県 87.9
鳥取県 87.8
山形県 87.1
茨城県 86.0
岡山県 84.3
香川県 84.3
滋賀県 84.0
福井県 83.7
岩手県 83.5
奈良県 82.7
広島県 82.6
熊本県 82.4
岐阜県 81.9
山口県 81.7
京都府 81.5
宮崎県 81.5
石川県 81.0
富山県 80.5
三重県 80.2
長崎県 80.2
鹿児島県 79.1
宮城県 78.8
佐賀県 78.7
兵庫県 77.6
静岡県 76.9
高知県 75.9
新潟県 75.8
大阪府 75.5
埼玉県 72.8
福岡県 70.7
愛知県 70.1
千葉県 69.5
東京都 59.2
神奈川県 58.7
秋田県 55.4
青森県 49.7
沖縄県 46.7
北海道 21.9

※平成16年全国消費実態調査より

普及率一番高いのは群馬県(95.6%)。一番低いのは北海道(21.9%)です。二番目に低いのは沖縄県(46.7%)、ついで青森県(49.7%)と、北と南が並びます。亜熱帯である沖縄を除いては、寒冷地と都市部でこたつの普及が低いことがわかります。

こたつの様式

先の普及率は10年近く前の調査で、現在の普及率自体は全体としてかなり下がっていると見られます。
あくまで傾向としてのこの順位をみると、こたつは暖房機器というよりも、生活様式に大きく影響するアイテムであることが改めてわかります。

北海道での普及率が低いのは、そもそも北海道は大型の暖房機器で部屋を暖めるのが一般的で、こたつ程度では暖まらない、というのが実状でしょう。都市部で普及率が低いのは、和室がない、少ない、集合住宅の比率が高いといったことが考えられます。

「サザエさん」に代表されるような、昭和の家庭を描いたドラマには、必ずと言っていいほどこたつが登場します。
かつてテレビは一家に何台もなく、暖房もない寒い部屋が多かったころ、家族の居場所はこたつだけだったのです。
現在はエアコンの普及がすすみ、個室にテレビも完備され、家族がこたつに集まらなくてもよい生活様式に様変りしています。

卵が先か鶏が先か、現在、いわゆる大手家電メーカーは、電気こたつを生産していません。
こたつの機能はコモディティ化し、差別が難しいうえ、価格も高いものではありません。
可動部分もないので故障による買換もあまり期待出来ません。むしろ加熱による事故なども考えれば、「オイシイ」商品ではないのでしょう。

現在こたつメーカーは多くありませんが、中には既存の電気コタツのヒーターを取り替えられる製品をつくっているところもあります。

こたつ・暖房製品 – 光源と熱源の専門メーカー メトロ電気工業株式会社
http://www.metro-co.com

近年はすっかり「家具調こたつ」が増えていますが、昔ながらの、あの裏側が緑色のこたつ天板も、今でもあったりします。

ブラックボックス的家電ではない、なんだかやさしい、家電とも家具ともつかないようなこたつ。
一箇所に家族が集まる箱庭的な発想も、日本の文化を表しているように思います。

江戸の浮世絵師・葛飾北斎は、こたつを愛し、いつもこたつに入っていたことで知られています。
北斎とこたつ

絵を描く時も寝る時もこたつ。この様子を描いた北斎仮宅之図には、柱にみかん箱が打ち付けられていて、こたつとみかんというのは当時からの様式だったのかと妙に感銘を受けたりします。

北斎の頃は、こたつの熱源には炭や炭団が使われていました。こたつが電化されるのは昭和に入ってからで、井伏鱒二いぶせますじは「炬燵の話」の中で、こたつの変遷を語っています。

私のうちでは腰掛炬燵にして、底に電気の発熱線を入れたやぐらを置いている。(略)電気炬燵のニクロム線の熱気は薄情なやうである。つい炬燵の松炭のぬくもりが懐かしくなつて来る。ニクロム線の熱は、たとへば電気分解で製造した食塩のやうなもので、塩としての成分が純粋すぎるから問題が残るのではないか。炭や炭団の熱気には、熱の成分に不純物や遊びがあるから味があるのではないか。

いま、電気こたつでさえも風流をおぼえる身としては、この辛辣な電気こたつへの評価には頭が上がりません。しかし井伏はこう続けます。

それならば炬燵のニクロム線を取り除けて、炭か炭団か入れた火容に取替へたらいいわけだが、それを実行する気持ちはない。このごろ誰だつて、そんなことをしないから私もしない。理由はそれだけのことで、とにかく電気炬燵に当りながら炭火のぬくもりを懐かしんでいる。

みんなやってないから自分もやらない、という、なんともな理由ではありますが、やはり古きよきものに郷愁を覚えつつも、縁なものに流れる、というのは当時からもそうだったようです。

電子メールが一般的になった今、郵便の手紙を貰えば丁寧な相手だな、というように感じます。かつてワープロ打ちの手紙は失礼だという風潮もありましたし、ボールペンではなく万年筆が正式な時代もありました。さらに遡れば毛筆が出てきます。様式は新しいものが生まれてくると、前のものの格調が高くなる、という傾向がありますが、こたつに置いては果たしてどうでしょう。炭団のこたつと電気こたつの違いは井伏の述べた通りだとしても、エアコンとこたつは、やっぱり同じ文脈で語れないもののように思えます。いつかエアコンを超える暖房機器が現れれば、私たちはエアコンに郷愁をおぼえ、様式美を感じるのでしょうか。

こたつは省エネルギーか?

エアコンは空気を、こたつは局所を暖めるので、エネルギーの単純な比較はむずかしいとしても、ヒートポンプを用いたエアコンの暖房COPは4を超えるものがある一方で、こたつのような、ヒーターを用いて暖める形式では、COP1を超えることは出来ません。単純に同じだけの熱を発生させようとすれば、電気こたつはエアコンに比べて圧倒的に効率が悪い機械です。

でも、前述のように、こたつは暖「房」ではなくて、生活様式を表現する器具だ、と考えると話は随分違ってきます。昨今の住宅は断熱性能が向上しています。条件がよければ無暖房で過ごすことも出来ます。そんな環境にこたつがあれば、ごくわずかのエネルギーで、いや、場合によってはスイッチを入れずに使っても、こたつは十分にその効果を発揮します。

かつて、住宅の性能が低かった時代のこたつには、「寒くてこたつから出られない」というネガティブ要因がありました。しかし現代の家は、寒くなくこたつを楽しめるだけの性能を備えています。
残ったこたつの問題は1つだけ。いつまで出しておいていいのだろう、いつしまえばいいのだろうか。

住みつかぬ 旅のこゝろや 置火燵   芭蕉

芭蕉のような旅とはいきませんが、住まいは季節によって着替えをするもので、こたつはそんな楽しみの一つでもあります。
こたつで暖まる猫