まちの中の建築スケッチ
第28回
札幌の時計台
——まちの象徴としての建物——
ISOには、構造設計関連の規格も整備されている。TC98委員会が構造の基本を扱っているが、中でもISO2394(構造物の信頼性の原則)は構造設計の基本原則になっており、筆者も1980年代から何かとかかわっており、米国でもヨーロッパでも設計の枠組みの基本は、同じ原則に立っている。わが国では建築基準法が使われているために、なかなか一般に知られていない。
そのISO/TC98の国内委員会が2年半ぶりに札幌で、開催された。今回の中心議題の一つは、ISO2394ともう一つISO3010(地震荷重)が、まもなく日本産業規格JISになることの確認である。このことは、設計基準を考える上で大きな前進である。ISOにはなじみがなくてもJISとなれば日本の建築生産にかかわる規格ということであるから、建築主や自治体などにもアピールしやすい。中には、国際的な標準で設計してほしいという建築主が現れたりすると、我が国の構造設計のあり方も、旧態依然から少しずつ変わり始めるかもしれない。
会議は、北海道大学の工学部で行われたが、この機会を利用して、翌日に、時計台をスケッチするつもりで札幌に乗り込んだ。朝8時前にホテルを出て、正門から雪景色の大学に入った。なんとなく、学内にそんな建物があったような気がしていたのだが、それは自分の勘違いであった。
犬を連れた人、若い家族連れなど、雪に覆われ、道も凍っているが、散歩風景は楽しそうに映った。古河講堂は、明治の木造の建物で美しい。時計台は見当たらない。農学部は立派な建物で、正面玄関上に、時計がついている。その脇にある出版会の建物も小さな木造2階建てで、なかなか美しい。あらためて、時計台を探すことにした。
結局、人に聞くと、すぐにわかる。キャンパスを出て、札幌駅の反対側へ、さらに20分ほど歩いて、時計台を見つけた。そもそも建設当初は、学校の中の時計台ということは間違っていなかったようだ。クラーク博士が、開拓使を教育するために「演武場」として建てて、講堂のようにも使われていたのがその始まり。そして、数年後に、ボストン市で作られた重力振り子式の大きな鐘付きの時計が設置されたということのようである。時計は、そして鐘の音は、140年しっかり維持管理されて働いている。大学全体が今のキャンパスの地へ移ったことで、残された時計台が市の施設となったということもわかった。
中は、博物館になっている。当初の模型があったり、屋根と壁の色は何度も変えられている歴史が塗料の化学分析とともに示されていたり、さらにはクラーク先生の教え子として、新渡戸稲造、内村鑑三、有島武郎の写真なども紹介されている。
道が凍っているということは、気温もほぼ0℃で冷たい。正面やや横から、かじかむ手とボールペンを温めながら、スケッチした。
まさに、札幌のまちの象徴であることを感じた。建物が歴史を語るとともに、今も元気な建物としての時計台である。