森里海から「あののぉ」
第14回
築地松
もうずいぶん前のことになりますが、2006年11月に出雲市を訪れる機会がありました。そこでこの地域独特のめずらしい風景に出会いました。築地松と呼ばれる屋敷林に囲まれた住居が水田の中に点在し、散居集落を形成していたのです。
「築地松」とは、出雲地方の屋敷の主に北側と西側に植えられ、一定の高さに整然と刈り込まれたクロマツの屋敷林のこと。出雲独特の柔らかい土地を安定させると共に強い季節風を防ぎます。(【神々のふるさと山陰】WEBページより)
築地松は富山県砺波平野の「カイニョ」、岩手県胆沢町の「エグネ」と並んで日本三大散居村と呼ばれているようです。何れも水田地帯の中に点在する屋敷林を持った住居群が独特で美しい風景をつくりだしています。出雲地方の屋敷林の始まりは300年ほど前と言われていて、木の種類がクロマツに統一され始めたのは江戸末期から明治にかけてのようです。それ以前はスダジイやタブノキなど照葉樹が主体の屋敷林だったようです。
ヴァナキュラー建築(土着建築)の名著「建築家なしの建築(バーナード・ルドフスキー著)1964年初版」のなかで築地松の美しい集落写真が紹介され、そこには以下のような説明がなされています。
「部分的な囲いは西日本の島根県の防風林である。冬風と吹雪に対する堅固な緩衝装置を得るために、この地の農民は松の木を巧みに育てて50フィートの高さのL字型の生け垣をつくりあげる。日本のある地方では、これと同じくらいの高さのワラの仕切りが、冬の間、家を囲んで、あるいは時として村全体を囲んでつくられる。」
日本の地方都市から、その地域特有の街の風景が失われて久しいように思いますが、一部にはまだこのような風景が残っている地域もあります。こうした風景は私たちに地域性の大切さを語りかけてきます。築地松ほど特徴的でなくとも、ありふれた日常の中に埋もれている地域性はまだまだ各地に残っているように思います。それらを掘り起こし、建築や街の中に少しづつでも地域性を取り戻していくことはこれからの時代、とても大切な事のように思います。そんな生物多様性ならぬ風景の多様性が日本中に増えてくれば、こんなに楽しいことはありません。そういうこともこれからの時代に求められる「本当の豊かさ」の一つの重要な指標だと思うのです・・・。
※ 本連載は、菅組が発行する季刊誌『あののぉ』で著者が連載している内容を転載しています。