びおの珠玉記事
第152回
『超高層マンション』か『地べたを生きる家』か
※リニューアルする前の住まいマガジンびおから珠玉記事を再掲載しました。
(2008年11月17日の過去記事より再掲載)
今回は、『超高層マンション』か、それとも、『地べたを生きる家』か、をテーマにします。
その立場から、ご質問にお答えし、考えを述べることにします。
決して恐くありませんので、是非、どうぞ(笑い)。
しみじみ地べたを生きる。大事なのは人間的機能。
また、都市を捨てるという発想に立てば、まったく違う見方が出てきます。こうしか考えられない、というのではなく、こうも考えられるということが大切です。
ニコイチの家を建て、玄関部・出入り口または中庭(コート方式)に、大き目の土間を設える。そこだけが共有部分(公的資金を借りる場合は、双方の世帯が行き来できるように扉をつけることが義務付けられます。土間でも結構です)になる。あとは独立した家とする。
「大きな暮らしができる小さな家」です。
それぞれが出て行った、あるいは亡くなったあとは、一つの家の方に住み、もう一軒は借家にすることができます。親しい人に貸す場合、土間はそのままにしておいてよいでしょうし、壁で隔てるのもOKです。その程度の工事なら費用もそう掛かりません。
小さな家の発想と手法を駆使して建てる、壁を隔てた完全分離型の二世帯住宅はどうか、という案ですね、
あれは発想がおもしろかった。目からウロコというか。
高齢化社会になるというけれど、一つ屋根の下に住んでいる誼(よしみ)で、親子であれ、そうでない場合であっても、具体的に何がやれるわけではないけれど、気にはとめていてくれる、それはかつての「長屋」的なコミニュケーションの世界です。
二世帯の家が土間を挟んで住む。それぞれ独立しているけれど、土間を共有することで、そこが日々の出会いの場になります。土間は井戸端や、縁台があった路地の現代版です。
土間にテーブルを置いて、そこでお茶してもよいでしょうし、道具を持ち出して工作模型を作ったっていい。スキー板の手入れをしてもいい。そしてタタキの土間は、老人に子どもの頃の遊びの楽しさを思い起こさせます。
超高層マンションのコミニュケーション・ルームで、独楽(こま)を回せますか? 管理人からやめてくれ、といわれそうです。勘のいいオーナーが、竹とんぼをやろう、折り紙をやろうといっても、おしきせのものは長続きません。
地べたなら、どういうわけか記憶が蘇り、手が自然に動くようになります。小刀を使って竹とんぼを作る、その手業(てわざ)を子どもたちに伝えたいですね。昔の地域社会には、そういう場がありました。今はありません。なければ生むことです。
土間という仕掛けをつくるだけで、人が自然と何かしたくなるような、そんな空間がいいですね。二世帯住宅をいう以上、そんな空間をつくりたいと思います。その場合、広さとか、二世帯の生活の場との関係表現とか、設計がきわめて重要ですが……。
分離型の構成とはいえ、住んでもらう人は、いい人を選びたいですね。
他人同士は、かえって遠慮が働くのでいい場合があります。また、他人どうしであっても、仲良く暮らせる空間をつくりたいですね。それが、いうところの「長屋」的な発想の家です。具体的には土間の設け方がポイントになります。
世知辛い世の中で、そんな理想的な、絵に描いたような家が、果たして実現できるのか、というご意見、見方もあるでしょう。たしかに現実は甘くはありません。それでも、どこか人間的機能が働く居住空間でありたいと思うのです。
これから超高層マンションについて述べますが、最初に結論めいたことをいわせてもらうと、超高層マンションに根本的に欠けているのは、この人間的機能だと思っています。
設計者にとっての、超高層×地べたの家?
大学で建築を学んで、大手ゼネコンに入って、超高層ビルを3回担当すると、すぐに10年位経ってしまいます。若い時の10年は大きいですよ。ほとんど決定的といっていい。
土地をどう読むのか、土地と向かい合わないと建築は見えてきません。また、現場をよく知っている監督や職人から学ぶ機会を持たないと、仕事は分かりません。超高層では、そういうことは学べません。
奥村昭雄さんは、京都の俵屋旅館を設計したとき、数奇屋大工の中村外二さんからいろいろ教えてもらったといっていますし、木曾三岳村に山荘を建てるとき、地元の大工さんから多くを教えられたと言っていました。永田昌民さんも同じようなことを言っていました。
若い方は、低層建築で経験を積んでほしいですね。超高層建築より断然おもしろいですから。自分がやっている仕事は小さくて、取るに足りないことだと思いがちだけれど、めげないでやってほしいです。
地べたに近い方が、多くを学べ、誇り得る仕事だと思うことです。
超高層建築って何なの?
完成している建物としては、台湾の「台北101」が一番高くて508メートルです。これはもうすぐ抜かれます。現在ドバイで建築中(2008年当時)の「ブルジュ・ハリファ」が800メートル以上の建物です。さらにこれを超える計画が立てられていて、サウジアラビアのジッダで計画されている「キングダムタワー」は、高さ1000メートルを超えるといわれています。
ほかにも大林組の2001メートル「エアロポリス2001」というのがあって、こちらは500階建て、30万人が居住できるというもので、工期は25年、総工費は46兆6300億円。場所も特定されていて東京湾の浦安沖。
この研究会は2005年まで開かれていたそうで、事実上、90年代初頭のバブル崩壊で夢は潰えたというものの、これに執念を燃やす人が最近までいたということだね。
まあ、超高層建築で思い浮かぶのは、ニューヨーク・マンハッタンのエンパイア・ステートビルや、9.11で崩壊した世界貿易センタービルだけど。簡単に歴史解説を。――くどくやらなくていいので。
そもそもを言いますと、高層建築の歴史は19世紀の終りに、シカゴの町で始まりました。シカゴで大火事があって、その復興で建設ブームが起こり、シカゴ構造と呼ばれる鉄骨構造の高層建築が登場します。1階から最上階まで同一の平面形を重ねる、現在の高層建築の原型といえる方式で、ホームインシュアランス・ビルや、リライアンス・ビルが建てられました。見に行きましたが、いかにもシカゴって感じがして、クラシックなものでした。
1900年代に入って、アメリカの経済の中心がニューヨークに移ると、ニューヨークはスカイスクレーパー(摩天楼)と呼ばれる高層建築が林立するようになります。エンパイア・ステート・ビル(102階)や、クライスラー・ビル(77階)などがその代表です。
エレベーターが、それまでの水圧式高速エレベーターから、電動機制御方式・ワードレオナード方式に変わったことも建物の高層化を促しました。この高層化の競い合いは、1929年の、ニューヨーク株式市場の大暴落に始まる大恐慌まで続きました。
世界金融危機(カジノ経済の崩壊)を機会に、これと同じようなことが、これからドバイや上海で起こらないとは限りません。
こうした建築物は、その国の経済の爛熟期に計画され、計画と実行とは、しばしばズレがありますので、それが悲劇を生んだりします。
「X-Seed4000」も、もしやっていたら「バベルの塔」(実現不可能な天に届く塔を建設しようとして、崩れてしまった塔。空想的で実現不可能な計画をいう)になっていたでしょうね、きっと。
「X-Seed4000」構想の絵と、ブリューゲルが描いた「バベルの塔」と似てません?
数百年単位とまで行かなくても、鳥の目になって、せめて30年単位程度でみるなら、その帰趨(きすう)は見えると思うのですが…。
以上は、超高層マンションに入るための導入部でした。
超高層マンションは、何故増えたのか?
高層(ビル)は、4〜5階までが中層、それ以上が高層。超高層は建築基準法では60メートル以上、業者のあいだでは100メートル以上、フロアにして25階以上のものを超高層と呼んでいます。
書籍名 | 定義 |
---|---|
広辞苑(岩波書店) | 15階以上または100m以上 |
マイペディア(平凡社) | 100m以上 |
建築学用語辞典(日本建築学会) | 15階程度以上 |
建築大事典(彰国社) | 15階程度以上または100m以上 |
建築基準法施行規則 | 60m超 |
07年末までに完成した超高層マンション(分譲)は403棟(不動産経済研究所)あります。その8割が2000年以降に建てられました。
超高層マンションが増えたなぁという実感は、これですね。
何故そんなに増えたかというと、容積率緩和による都市再生ブーム(ミニバブル)に原因があります。
2002年6月に、都市再生特別措置法が施行されました。この法律で、東京や大阪などに、都市再生緊急整備地域が指定されました。さらにそのなかに具体的な民間事業地区として都市再生特別地区が指定されました。
業者の側からは、実施するにはやりやすくしてよね、ということと、ちゃんと儲かるのか、ということが問題になります。
そこで、これまでは住民の同意を得る期間が3年程度必要だったものを、地方自冶体は6ヶ月以内に提案の応否を返答しなければならないようにしました。
民間デベロッパーの望みは容積率の緩和でした。容積率とは、建築物の延べ床面積の、敷地面積に対する割合をいいます。容積率が大きくなると、同じ敷地であっても、建物を大きく建てられるわけだから、民間デベロッパーにとっては旨みが増大するわけです。
都市再生特別地区では、「高さ100メートル超かつ延べ面積10万m2超」から、「高さ180メートル超かつ延べ面積15万m2超」へと、基準そのものが緩められました。
東京全体の概算容積率をみると、バブル経済絶頂期にあたる1985年から1990年にかけて、94.2%から102%増加しました。それが10年後の2000年には、何と132.5%へと跳ね上がりました。
容積率上限を600%までとし、日影規制の適用除外とする「高層住居誘導地区」が導入(1997年)され、同時期に、廊下・階段等を容積率の計算から除外する建築基準法の改正案も成立しました。
これによって、民間デベロッパーが息を吹き返しました。超高層マンションでやれば充分にペイするようになったのです。
これに拍車を掛けたのが小泉政権の誕生(2001年)です。
小泉さんは、経済の活性化を、財政再建をはかりつつ実現する政策に舵を切りました。財政支出はしない、だけど思い切った規制緩和を行うということで、次々に手を打ちます。
都市再生特別措置法の施行(2002年)も、その一つです。これまでの慣行を、大胆に破るもので、たとえば、ある民間デベロッパーが先行して取得した土地について、地区の3分の2の地権者を巻き込めば、この容積率が大幅な緩和されるようになりました。
仮に、地区内の3分の1の地権者の反対や、周辺住民の多少の反対があっても、よほどの問題がない限り、提案どおりの規制緩和が認められ、さらに強制収容も可能な事業施行者として再開発を進められる仕組みになりました。
業者に「治外法権」を与えてしまったようなものだといわれています。
こうした方式が、東京でいえば港区や江東区など臨海地区の超高層マンションにあてはめられ、品川、汐留、六本木、丸の内地区で開発されたオフィス&エンタメの複合施設などの大型高層ビルの建築を促すことになったのです。
林立する超高層マンションは、その結果生まれたようなものです。規制緩和によって促された、ミニバブルのいうなら落とし子です。
これに対して日本は、東京へ東京へと、政治も経済も文化も、政府機関も民間の会社も集中していますからね。高度に過密化した東京で、もし直下型の大地震が発生すると、都市は機能マヒするといわれており、ここ10年、脆弱で偏った都市構造はより極まりました。
先日、兵庫県の知事が、関東で大地震が起こったら、その時は関西のチャンスだといって袋叩きに遭いました。バカな発言だとはいえ、弱点を衝いています。兵庫県知事は、始めバカなことを言ったという自覚がありませんでした。この知事がどうしてそう思ったのか、そこをマスコミが種明かしすればおもしろかったのに、こういう場合は非難だけで、日本のマスメディアにはエスプリがありません。
「高層難民」が生まれるかも?
「高層難民」という言葉をご存知ですか。
この本は、首都圏を襲う直下型の大地震では、超高層マンションの住人は大きな困難に見舞われ、「高層難民」となることを、明快に言い切っています。
首都圏に大地震が起こると、交通が遮断されて帰宅できない「帰宅難民」が生まれたり、避難所に入れない「避難所民」が出るといわれているけど、もう一つ「高層難民」が生まれるというのです。へぇー、と思いましたね。これは、阪神大震災でも起きなかったことです。
渡辺さんは、高層ビルが大地震に遭遇すると、停電になってエレベーターが停止、地上への移動が困難になり、高層階の人は身動きがとれなくなるといいます。
前に東京を襲った震度5強の地震で、6万台のエレベーターが停止しましたが、直下型が来たら、安全装置が働いて緊急停止するか、停電で動かなくなります。閉じ込められた人は大変です。エレベーターの扉は、中からは開かないようになっています。地震直後には、消防・警察のレスキュー隊は来てくれません。
つまり、その高層マンションに住んでいようがいまいが、たまたま高層ビルに居合わせたら、その人は「高層難民」になるのです。
けれども、閉じ込められなかったマンション住人も大変です。移動手段は階段ですので、高さを誇っていたことが仇になり、仮に30階のマンションを昇降しなければならないとしたら、これはもう絶望的。高層階で病人がでたら、誰が、どのように運ぶのでしょうか。
震度5の地震でエレベーターが止まったときの経験を読むと、非常階段がとてもイヤだったという感想があります。
「狭い階段室は天井に蛍光灯が一本、壁とドアは真っ白、外界はどうなっているのか?閉ざされた薄暗い空間の灰色の階段を登りながら、11-12階と縦に表示した階数を見て、ああまだかぁと深呼吸して、また登り、ようやっと18階の白い扉をあけ、見慣れた廊下のカーペットの縞模様にほっとして我が家へたどりつきました」
これを書かれた落合さんによると、2時間後にエレベーターは動いたけれど、何のアナウンスもなかったといいます。
「いざ地震という時のために、荷物をまとめておいたにしても、ここでは、ベランダから降りることもできず、あの階段室から逃げるには、先回は登ることに夢中でしたが、階段室で、停電になったら、非常の時のボタンは?あの扉が開かなくなったら?この超高層マンションでは、何もできない。非常に心細い気持ちでじっと揺れが収まるのを待つばかりでした」
超高層マンションの売り込みは、「絶対地震に強い」というものです
が、建物は破壊されなくてもエレベーターが止まれば「空中の孤島」になります。普段は、優越感に浸り切って生活しているかも知れないけれど、震災の時は、奈落の底へと突き落とされるのが、超高層マンションの住人だというのです。
「管制運転システムが作動した結果で、逆に言うと、システムが正常に働いていたということになる」
と説明しました。震度5未満の場合は、もより階に停止後、自動復旧します。しかし震度5以上になると、メーカーが目視点検後にリセットして稼動します。震度5のとき6万台が止まったんだけど、技術者は3000人ほどしかいなかった。もし、もっと大きな地震がおきて、もっとたくさんのエレベーターが止まって、瓦礫などで交通が寸断されたら、長い場合1週間ほど閉じ込められる可能性があります。
このレベルの地震が起きると、本地震に匹敵するような余震が頻発するというのが過去の例です。
エレベーター内に閉じ込められた1週間というもの、いわば宙吊り状態で余震を受けなければならないかも知れません。
それに対する行政の対策は?
この「被害想定」がまとめられたのは1997年です。先にも言いましたが、現在ある超高層マンション403棟(不動産経済研究所)のうち、その8割は、2000年以降建てられたものですからね。
ある危機管理コンサルタントは「20階以上に住んでいる人は、お手上げ状態だと覚悟した方がいい」と指摘しています。
行政は、本当は大問題にしたいのでしょうが、率先して規制緩和してきたので、今更マズイとは言えません。もしそれを言い出して、マンションが売れなくなったらどうするのだ、と業者からいわれかねません。マスコミも恐くて指摘できないようです。不動産会社から広告もらっていますし。腫れ物に触るな、大変なことになる、というわけで、要するにタブーとされています。
超高層マンションの毎日
そりゃあ、遮るものがなければ、視界はいいにきまっています。東京からは富士山も見えるし、都心の夜景も見えます。大阪では六甲の山も、生駒山も、大阪湾も見えます。そこにいると、地上を見下ろし、優越感にひたれます。しかし、ひとたび曇るというと、視界はガスに覆われてゼロになります。窓という窓はグレー一色の世界です。
ただ、晴れていて、穏やかな日であっても、外部に面した窓は開かないからね。そよ風を感じたくても感じられません。そんなところで子どもを育てていいのかって。超高層建築の数十階以上を住宅にすることを禁止している国もあるということです。
高層居住による高さ感覚の喪失、出不精による親子の過剰密着、幼児の自発行動の遅行などの現象が指摘されています。これらが、居住者の人格形成にどういう影響を及ぼすのか、まだ何も分かっていません。
超高層建築は自家発電を持っているところもありますが、それ自体が故障する可能性もあります。そうなると糞尿の問題が出てきます。すべて水洗ですから、溜まると大変です。
仮に安全がキープされているとして、出入りはその分不便で、友達がひょこっと立ち寄りにくく、散歩をするにも、買い物にでるにしても、忘れ物をしても、スイッチを消し忘れたと心配になっても、数十階のエレベーターを、その都度、昇り下りしなければなりません。当然、子どもは出不精になるし、友達もつくりにくくなります。
項目 | できる・ほぼ出来る 【低層群】 |
できる・ほぼ出来る 【高層群】 |
全くできない 【低層群】 |
全くできない 【高層群】 |
---|---|---|---|---|
あいさつ | 82 | 56 | 0 | 15 |
排 便 | 79 | 59 | 3 | 22 |
排 尿 | 82 | 59 | 5 | 22 |
手洗い | 85 | 67 | 0 | 15 |
食 事 | 85 | 81 | 0 | 4 |
歯磨き | 82 | 59 | 0 | 15 |
うがい | 79 | 56 | 0 | 26 |
衣類の着脱 | 79 | 44 | 0 | 30 |
靴の着脱 | 82 | 48 | 0 | 22 |
かたづけ | 71 | 52 | 3 | 19 |
手伝い | 79 | 56 | 0 | 26 |
幼児が、超高層マンションのどこで、親子、子どもどうしで遊べるのか、想像しにくいでしょ。
このあと述べますが、補修や建て替えが必要になったとき、普通の人にとっては大ごとですが、セレブには問題はない。面倒だったら、さっさと別の住居を買って引っ越せばいいわけですから。
つまり、超高層マンションはセレブのものであって、お金もないのにセレブにあこがれて買うのは、無茶というか、愚の骨頂というか、人生を破滅させかねません。
超高層派からは、独断と偏見に満ちていると思われるかも知れませんが(笑い)、決して大ゲサに述べているつもりはありません。起こり得ること、心配とされることを述べました。今の技術はここまで来ているので、この点は問題ないということであれば、特に技術者の方にコメントいただきたいですね。匿名でも結構です。
大切なことは、情報公開――よく分かるということです。よく分かった上で、それでもそれを選択するのは自由です。成熟とは、選択の巾ですので。ただ、コマーシャリズムに踊らされて、下手を掴まされることだけは避けた方がいいと思います。
超高層マンションのスラム化と、やがてやってくる、大規模修繕問題。
たとえば店舗もある複合用途の建物の場合です。修繕積立金は、専有面積の床面積に応じて徴収されます。ということは、店舗のオーナーは、マンション住人より高い額を払っていることになります。たいがい店舗は低層階にあり、修繕を必要とする箇所は風雨にさらされる高所に発生します。
大規模修繕を必要とする時期になると、この両者の利害は一致しなくなり、店舗側は不参加ということになったりします。
高層階の修繕は膨大な費用が掛り、工事も大掛かりです。ゴンドラを吊って修繕すると、それが費用全体の3割を占め、そんなに掛かるわけがないと言い出す人が出たりして、スッタモンダします。
修繕積立金の範囲でやれればいいのですが、郊外の超高層マンションで、廉価が売りでやったようなところは、この修繕積立金が足りなくなるかも知れません。
先に挙げた店舗と住宅部分の所有者の利害の調整などを含め、全体合意をはかるのは至難です。普通の修繕でも、区分所有者と議決権の過半数の賛成を必要とします。修繕費の滞納者もいるだろうし、かといって売主系の管理会社に任せると、過剰な修繕をやられる可能性が高く、住人の中でそれに文句をいう人も出ます。
そこに今回のような金融危機が重なると、破綻物件も出るでしょうし、中古を買った人との意識差も生じます。超高層のこれからを語るのは、関係者であればあるほど気が重いといわれます。
それでは、お開きとします。ありがとうございました。