びおの珠玉記事

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〈衣替え〉と収納 (後編) ――畦上圭子の住まい術 

※リニューアルする前の住まいマガジンびおから珠玉記事を再掲載しました。
(2009年06月17日の過去記事より再掲載)

衣替え 会津喜多の方蔵

皮フの退化と〈衣替え〉

前回は、〈衣替え〉の歴史を追ったわね。今回は、〈衣替え〉は現在どうなのか、という話を冒頭に振るわね。

〈衣替え〉は、冬の雪見、春の花見、夏の夕涼み、秋の月見…。それから、冬囲い、縁側の日溜り、ふすま簾戸すどの入れ替え、露地に置かれた床几や、打ち水、風鈴、秋の虫篭など、日本の住まいとそのインテリアと軌道が同じだったのね。この暮らしの句読点と言うべきものが崩れていることと、〈衣替え〉が失われるようになったのは、同じことなのよ。この島国で繰り返されてきた冬から春、春から夏、夏から秋、秋から冬へのモードの転換――四季折々に応じて衣服を取り換えてきた〈衣替え〉は、日本人のDNAになって生きていると思いたいけれど、今は崩れていると思うの。
四季
この列島 は、砂漠もなく、気候によって生き死にに繋がる苛烈を強いられるわけではないわね。北海道や沖縄南端の島々を別にして、酷暑・酷寒の地じゃないのよ。適度というか、微温的なのね。「過ぎたるは及ばざるが如し」っていうじゃない。つまりそれは、過不及の考え方なのね。過不足のないことが、最も肝要とされるのよ。

「暑さ、寒さも彼岸まで」 という言葉は、暑さ、寒さに対する「ガマンの哲学」なんだけど、それをしのぎさえすれば、あとは過ごし易い日々が待っているわけね。
自然に依る適当刺激という、五感にホド好い刺激を与えられさえすれば満足する習性というか、日常に持つ自然の感覚があって、〈衣替え〉も、その「環」の中のものだったのよ。

それが崩れたのは、住まいの温熱環境 というか空調の発達 による影響が大きいようね。それに尽きるわけではなく、広く文明史的な問題だと思うけれど、卑近な事象でいうと、結構それが大きいと思うの。
だって、近頃ときたら空調がなければなり立たない生活だよね。季節に関係ない生活を過ごしていると、当然に皮フも退化するよね。

ヒトのからだ は、ほんらい順応性に優れていて、恒温動物としての特質を持っていて、衣服がその調整弁の役割を果たしていたのね。〈衣替え〉は、いうならその範囲のもので、自然への、ヒトの緩やかな対応なのね。
最近の子どもは、恒温動物性の発達に難があって、外気温が高いと体温が上がり、低いと体温が下がる傾向がつよくなり、「変温動物」化しているという指摘があるのね。恒温動物は、寒くなると「熱をつくれ」という命令がでて、熱をつくる体内の働きが生まれるのね。この能力は、生まれてから2〜3週間で備わるというわね。でも、最近の赤ちゃんは、産院でも自宅でも快適室温が維持されているので、寒さ体験の機会が少なく、熱をつくりだす働きが鈍くなっているそうね。
赤ちゃん
能動汗腺の発達 は、「三歳までにどれだけ汗をかいたか」で決まるそうよ。夏場の運動時に子どもが熱中症に罹るのは、この体温調節機能の退化が大きいのね。空調による温度環境が、ヒトの体温調節機能を狂わせているのよ。
適応が未発達な赤ちゃん、適応が鈍くなるお年寄りは、自然に接した方がよくて、その場合の衣服は、〈衣替え〉の程度でいいのよ。その意味で〈衣替え〉は、日本人の良き知恵だと思うわ。

仕舞い場所としての
行李こうり・長持・タンス・蔵・納屋など

話が飛ぶけど、そこで今回は、仕舞い場所、収納に話をすすめるわね。
最近の戸建てやマンションでは、クローゼットをつくって、そこに収めるようになっているけど、少し前までは行李やタンスが用いられていたのね。

行李こうりは、竹や柳、籐などを編んでつくられた蓋付きのものでした。衣類の保管・収納に用いられるだけでなく、旅行用の荷物入れにもなり、半舁はんがいとも呼ばれました。弁当行李もあったのね。
行李には、たくさんのものが蓋が盛り上がるほど入れられて、それを麻縄で結んだのね。柳行李や、竹行李、紙を貼って柿渋を塗った渋張行李しぶはりこうりもあったりして、今使ってもおもしろいと思うわよ。

長持や櫃 は、大名行列でお馴染みね。あの中に、あらゆるものを入れて移動したのね。薩摩や津軽からの参勤交代になると、何十日も掛かったわけで、家紋が入った什器や何やがいっぱい入っていたのね。運ばれた長持や櫃などは、手入れはされたでしょうが、着いたあとには、そのまま「収納箱」として用いられたのね。よく考えると、結構合理的で、収納上手だったわけね。
日本は、山が多くて馬車道が整備されていなかったので、人の肩に担いで運ばれたのよ。だから、一つ一つはコンパクトだったわけなの。

タンス (簞笥)が現れたのは、江戸時代の寛文年間(1661〜1673年)からだといわれます。それまで衣服は、竹製の行李や、木製の長持や櫃などの「箱」に収納されていたんだけど、それらとタンスの違いは何かというと、引き出しがあることね。それによって、いろいろな衣類と持ち物を効率よく収納できるようになったわけ。
元禄時代は、江戸経済が発展して、タンスを必要とするほど持ち物が増えたのね。長持に比べると、タンスは木工技術を必要とし、それを作る職人が育っていたことも大きかったのね。

タンスは、最初は「担子」という漢字があてられ、持ち運び可能な「箱」 のことを言ったのね。だけど、引き出し式のタンスが登場して、「簞笥」の漢字があてられるようになったの。
タンスは、助数詞として、さおという語を使って数えます。「箪笥」という漢字があてられるようになったあとも、両脇に棹通し金具がつけられていて、長持と同じように、棹を通して持ち運べるようになってたの。それが簞笥の数え方である「棹」の由来になっているのね。簞笥ごと押して持ち出せるように車輪を付けた車簞笥なんてのもあるのよ。古道具屋さんに行くと、そういうのたくさんあるわよ。これも、いまも使える日本のよき収納箱ね。

このタンスや、長持・櫃などが、どこに置かれたかというと、蔵や納屋や物置 だったのね。蔵は、日本を代表する建築である正倉院の校倉造りが有名で、小さなものは唐招提寺にもあって、各地に遺されています。蔵は宝物庫でもあって、火災、盗難から守るため、建築に工夫が凝らされました。

唐招提寺

唐招提寺(c)hiro 2000


その代表が土蔵 ね。
蔵には「隠す」という意味もあって、四面が土壁でつくられている日本式の土蔵は、火事にも、盗難にもつよかったのね。壁厚は300ミリ以上のものが多く、前の空襲の大火に遭ったところでも、内部に火が回らなかった例があるそうよ。

土蔵の鍵の歴史 を調べると、日本では土蔵に用いる鍵(錠前)に目が行くんだけど、盗難を避けるため、よくぞこんなものを考え出したというものなのよ。
それでも土蔵破りは後を絶たなくて、入口から侵入できない場合は土蔵の後壁を破ったり、格子窓などから、先端にかぎをつけた竿を使って室内の物を盗み出したりしてね・・・。

土蔵は座敷牢 としても利用されました。
土佐藩執政・野中兼山の三女えんを描いた『婉という女』(作/大原富枝)を読んだことがあるけど、あの小説は40年に及ぶ座敷牢の幽閉生活を描いているのね。一人の女性の物語としても凄い小説だったけど、土蔵に40年も過ごせた事実も凄いと思ったわ。土蔵は、冬暖かくて、夏涼しくて、過ごしやすいそうね。

この蔵に対して、 という文字を当てる場合があるわね。正倉院は、倉という字があてられているのでややこしいけど、倉は、米などの穀物などを納めるのが主なのね。倉という字自体、食+口によって出来ているでしょ。
そういえば、木曽の板倉 は蔵ではなくて「倉」の方があてられていました。

農家には、納屋なやがあるわね。
農業や漁業の道具などを納める建物という面もあるけど、衣類・家財類も置かれていて、あらゆる用途に用いられ、非常に調法なものだそうね。

物置 は、当面使わない物や雑具などを入れて置く場所といったら分かりやすい。

石置屋根

石置屋根(対馬)


少し前に長崎県の対馬石置屋根の小屋 を見ましたね。
あれを見ておもしろいと思ったのは、対馬では、海岸近くのわずかな土地に住宅が密集していて、火事になった場合に、食料や衣類、什器類を焼失から免れるため、住居から離れたところに小屋を建てられたわけね。
対馬のどこにもある石(安価というよりタダに近い)が屋根に用いられていましたね。台風の通り道なので、重い石を置くのは台風対策にもなっていて、また水害を避けるため高床が選ばれていてね、対馬という島で、貴重な物を収納する上で、いちいち理にかなっていることにいたく感心したわ。

押入れ は、布団が寝具の中心だった時代の収納場所だったのね。
今の家の収納スペースは、押入れ・納戸・外物置・クローゼット・ウォークイン・クローゼット・食品庫など、いろいろあるけれど、ただ収納スペースをたくさん欲しいという人が多いみたいで、モノに支配されている家を見ると、もう少し考えたらと思うわね。

日本の住まいは、部屋の四隅 がきれいだったのよ。何でもかんでも部屋にモノを置くようになったのは、つい最近のことよね。
少し前までの日本人は、家財道具が少なかったということもあるけど、上手に仕舞うことで、さっぱりした生活を過ごしていたわけね。

「持たない暮らし」のすゝめ

NHKのアナウンサーだった下重暁子さん に『持たない暮らし』(中経文庫)という文庫本があるのね。
「ほんとうの贅沢とは、物の命を使い切ること」
と帯に印刷されていて、そうだね、と相槌を打ちたくなる箇所がたくさんある本なの。
その中に、「身の回りにあるものがうっとおしい。物がのさばって、大きな顔をし、人間が小さくなって暮らしてる。なぜこんなことになったのか」と、下重さんが自問自答する箇所があって、こんなにも物が溢れてしまった日本は、結局「貧しさの裏返しだったのだ」ということに下重さんは思い至ります。この気づき、納得よね。
下重さんは、だからといって捨てることを奨励しないの。使い切ること、使い込めば愛着が生まれること、そういうものを選ぶこと、そしてもし自分が使わないなら、誰か使ってもらえる人を探すことだと言うのね。

最近の日本人のブランド品漁り についても触れられていて、それは「自分の暮らしに自分なりのスタイルがないからである。自分なりにこれは必要、これは必要ないと考えていけば、決して人まねはしないはずだ」「持たない暮らしは人まねではできない。自分のライフスタイルをつくりあげることからできてくる」
いちいち納得で、そうだねって思わない?

「節約を持たない暮らしと間違えてはいけない」 という箇所も痛快だった。この勘違い、案外多いのよ。
「節約とは、社会の情勢に合わせてきりつめて生活するものだ。持たない暮らしとは、自ら選んで、生活をシンプルにすること」だと彼女はいいます。
「自分に似合うものを知る」とか、「そろえる、という考え方をやめてみる」とか、「心を自由に遊ばせる」とか、そんな話が散りばめられていて、とてもいい本です。

収納は、ものの出し入れをどうするかってことね。

最後に収納のあれこれについて述べます。

最近の設計者 を悩ませているものに「収納」があるのね。とにかくみんな収納を欲するって設計者は嘆いている。収納が多いと、それだけでいい家だと思っている人までいて・・・(笑)。
住宅雑誌では、「収納」と「台所」を特集すれば何とかなる、といわれてきました。まあ最近は、それだけでは何とかなりませんが、それでも関心が高いのは確かなのね。

「収納」が、建築面積 を大きくし、コストを押し上げています。
まず、生活を見直して、ほんとうに置いておく必要があるものかどうなのかを決めることが大切ね。
問題の基本は、モノが多過ぎること。この事態は、ここ数十年のあいだに起ったことで、それまでの日本人は簡素に暮らしていました。
下重さんが言うように、モノが溢れ、モノに支配され、モノに振り回される暮らしを、どう変えるか。その先に、収納のほんとうのあり方が見えてくると思うわ。

そこで、どうモノを選び・残し、どう収納すべきかに話を移しますね。

まず、モノが自分にとって必要なものかどうか を見極めることね。
いまあるモノが、これからも必要なものかどうかを基準にして選ぶこと。
収納の「専門家」は、捨てる勇気を強調しますが、使ってもらえる人は必ずいると信じて、リサイクルすることを忘れずにね。

必要かどうかは言えないけど、一家にとって大事なもの がありますね。お雛さまとか鯉のぼりとか、アルバムだとか、手紙だとか、自分を育ててくれた本だとかレコードだとか。そういうのは残したいわね。

収納するモノの性格・性質 を分類・整理することも大事です。
使いたいモノを、必要に応じてすぐに出せることが基本にして、湿気を嫌うモノ、共有して使うモノ、使用する頻度の多い・少ない、誰が、どこで、どんな場面で使うのか等々、
モノの性格、働きを分類・整理するわけ。そうすると、それらのものが自ずと自分の居場所を求めていることが見えてくるのね。たとえば、一年に一回しか使わないものは、屋根裏に置くだとか。

大きさとか、長さ を調べるのも大事なことね。そうすると、今のモノは押入れではツライことが分かってくる。あれはあくまで布団を収める寸法だから。
ただ、最近の衣装函だとかは押入れの寸法を計算に入れてつくられているので、押入れが便利という人もいるけど。

見えるように収納 するのもポイントね。
ガラス張りにして見えるように、ということではなくて、収納スペースの戸を開けると、どこに何があるかがわかるようにしておくことね。そういう収納をしていると、片付ける時もラクなのね。どこに何があるか分からない収納は疲れるし、出し入れのたびに難儀するので・・・。

小さく収納しておく というのも一つの手ね。
タオルとかTシャツだとか、この手のものをバラバラに収納すると使いにくいので、小さな箱(空き箱や空き瓶)に入れておくと分かりやすくて、取り出しやすいの。お菓子の空き箱は、枠があるので、小物を収納するのに便利な「箱」になるのね。
小さくというのは、たとえば貰いもののタオルなど、ケース箱に入れてそのまま収納すると、かさ張るでしょ。それらのモノは、箱から出すことね。それだけでスペースは相当空くから・・・。

元に戻す習慣 も、かしこい収納法に入れたいわ。
たまに使うものや、大きなものは元に戻すけれど、よく使うものや小さなモノは、元に戻すことを忘れがちでね。文房具の糊だとかはさみ(挟)とか、案外と出しっ放しにしていて、どこに行ったといって、いつも捜している人を見掛けない? いるのよ、そういう人。うちの亭主がそうなんだけど(笑)。

床に置かない のもポイントの一つね。収納は片付けること、元に戻すこと、すぐまた使えるように収めておくことなのに、床に並べて置いておく人って、案外いるのね。
これも、うちのがよくやるの(笑)。

隙間を見つける 収納設計の達人が「技」を見せるのは、大きい収納スペースではなく、住まいの中の隙間を見つけて、そこを残らず収納場所にすることね。階段スペースの利用とか、建物の内壁を利用したり、あの手この手をやるわけよ。
ただ、これをウリにしている設計者や工務店があって、奇手を繰り出されて、それに乗り過ぎていると、収納だけが自己目的化してしまうので警戒しないとね。ヘンテコな設計になったり、取り出しにくい場所につくられたり、費用対効果も悪くて、それにハマらないようにしたいわね。

さっき言ったように、あくまで「持たない暮らし」 が基本なのであって、そういう暮らし方をしていれば、そんなに収納収納って言わなくて済むのよ。

【参考資料】