びおの珠玉記事
第177回
夏座敷 ――畦上圭子の住まい術 2
※リニューアルする前の住まいマガジンびおから珠玉記事を再掲載しました。
(2009年07月03日の過去記事より再掲載)
夏座敷は、夏の季語。
前回は、衣替えを取り上げたけど、今回のテーマは住まいの衣替え。
日本の家は、盛夏が近づくと、障子や襖をとり払って、簾を吊ったり、簀戸を填めたりして、モードの転換をはかってきました。涼しげな夏座敷に、一日にして変えてしまうわけ。
夏座敷に変ると、日差しが遮られ、庭からの風が通ります。軒には風鈴が吊るされて、それがチロリンチロリンと鳴ると、いかにも涼しげでした。
夏座敷 は、夏の季語の一つです。芭蕉や一茶の句もあります。
山も庭もうごきいるゝや夏座敷[芭蕉]
松陰や寝蓙一つの夏座敷[一茶]
共に夏座敷の世界をよく表わしています。一茶の句は、松の木陰にいて、藺草の匂いも芳しい蓙に横たわって転寝する至悦が詠まれていて、余分なものを持たない、さっぱりした暮らしがそこにあります。
ひやひやと壁をふまえて昼寝かな[芭蕉]
この芭蕉の句も夏座敷を詠んだものです。風通しのよい部屋で、畳に寝そべる心地よさは格別です。
今の住まいは、冷房に頼りがちで、その結果このような夏の暮らしの歓びは失われています。やりきれない暑気があるから、少しの避暑であっても嬉しかったのです。冷房は、とても贅沢なものですが、それに身体が慣れると、嬉しいことではなくなります。
団扇や扇子 は、風が動かないと、自ら手を動かしてパタパタとやり、身体に纏わりつく高湿度の空気を払う道具でした。折りたためるものを「扇子」、折りたためないものを「団扇」といいますが、団扇や扇子は、起風だけでなく、古くは軍配や、災厄を祓う道具として用いられたりしました。
そういえば、端居 も夏の季語です。夏の夕方に縁端に出て、寛いで、涼を求めることをいいます。端居の道具立ては、浴衣と団扇と蚊遣りと夏蒲団などで、これに涼を呼び込む打ち水、風鈴、金魚鉢などが加わると、古式豊かな夏の住まいです。
端居してたゞ居る父の恐ろしき[高野素十]
端居している父が、たゞ居るだけで恐ろしいというのです。何をするわけではなく、たゞじっとしている父の後姿に、素十は恐ろしさを感じたのです。地震・雷・火事・親父の時代の親父は、もう失われて久しいですが、端居の生活も姿を消しました。
青簾(あおすだれ)も、葭簀も、襖はずすも、夏の季語です。夏座敷を彩った道具が次々に姿を消して、人の生活は豊かになったかというと、そうはいえません。生活様式が変容しただけであって、文明が進展したことが生活の豊かさを意味しはしないのです。
髪洗う という夏の季語があります。髪を洗うこと自体が涼味を呼ぶものでした。洗ってさらさらした髪を洗い髪といいました。
洗ひ髪ひたひの汗の美しく[星野立子]
洗い髪路地吹き抜くる風のあり[鈴木真砂女]
髪洗ひ生き得たる身がしづくする[橋本多佳子]
クールショック
日本人の肌の表面 には、約230万個の汗腺(エクリン腺/能動汗腺)があります。寒いロシア人は190万個、暑いフィリピン人は300~400万個あるといわれます。各国の寒暖の差によって、汗腺数は異なるのです。
この汗腺は、エクリン汗腺 とアポクリン腺があり、「汗をかく」という場合はエクリン汗腺をいいます。約230万個もエクリン腺があるのは、大粒の汗ではなく小粒の汗を多く掻く方が、表面に出た汗が蒸発しやすく、限られた量の汗で体温を効率よく下げることができるからです。エクリン腺は、皮ふのしわが交差したところに開口しています。出た汗を皮ふ表面に、すばやく広げるためです。
ただエクリン腺は、すべて活動しているわけではありません。「汗を流して」動いている「能動汗腺」は半分くらいです。エアコンなどで快適な状態に置かれ、汗腺が働く機会が少ないと、怠け者の汗腺が生まれます。
エクリン腺は、生後2〜3年間 に決まるといいます。この間は、乳児の体温調節機能が確立される時期であり、過刺激的な冷房は禁物です。むしろ、体の温度調節の必要を促すことが大切です。
このエクリン腺が不足する病気、能動汗腺衰退症 を発症する人が増えてきました。それが増えるようになったのは、1970年以降の頃です。エアコンの普及が起こって以降のことです。能動汗腺衰退症を発症した人は、暑くても汗を掻きません。身体が外部の環境に適応できず、常に冷房を求めます。
能動汗腺衰退症は、即、身体のコントロール機能の衰退を意味します。人が温度変化に対応できるのは、今感じている温度から±5℃くらいです。それ以上の急激な温度変化を度々受けると、自律神経が働かなくなるのです。
冷房(クーラー)病 は、この自律神経の病気です。冷房で身体を冷やすと汗腺が閉じられ、血管が収縮して血流障害を起こして、老廃物が排出されずに体毒となり、肩こり、頭痛、不眠、冷え性のような症状があわられ、自律神経失調症となります。
女性の身体は冷えやすいので、特に注意してください。冷房病の症状は、女性に顕著です。その原因として、男性に比べ女性の体温がやや低い傾向にあり、月経周期に応じて体温変化があることや、体内の熱を生産する筋肉組織が男性より少ないことが挙げられます。
・外気温と室温の差を5度以内にすること
・ファンや風よけを用いて、冷たい風にずっと身体を当てない
・オフィスでは机の位置をずらしたり、セーターや上着を着る
・足元や腰の冷えには、厚手の靴下をはいたり、ひざ掛けをかける
・温かい飲み物を飲むようにする(ショウガ湯、焙じ茶が良い)
・夜は半身浴で汗をかき、身体を内側から温めて汗腺を開ける
・寝るときはタイマーをかけて、クーラーをつけっぱなしにしない
・湯船に、お酢をお猪口2杯ぐらいいれると、クエン酸や酢酸の働きで、体内の燃焼力が高まり、雑菌の増殖を抑制し臭いを抑える効果が期待できる
・軽く汗をかく運動(ウォーキング)をする
・ニコチンが血管を収縮させるのでタバコをやめる
風の通り道
最大のクールショック対策は、涼を冷房に頼るのではなく、夏は夏らしく過ごすことです。病気で空調を必要とする人を除いて、暑いことを楽しみに変える、そんな生活が大切です。
そこで、夏座敷の復権となるのですが、住まいの夏対策を、どう立てるかが問題です。
まず、夏座敷のよさは、やはり風が通る ということですね。
地上に降り注ぐ太陽エネルギーの約2%は、地上の空気を暖めて、大気循環を起して、風に姿を変えます。大きな風は、古くは風車に用いられ、現代では風力発電に用いられます。小さな風は、住まいの通風に活かせます。毎秒1mの風は、体感温度を1℃下げてくれます。
通風 とは、文字通り風の通る道をいいます。南から北に風が通るだけでなく、東西にも風の通る道をつくると、風量は約4倍増えます。
建物の断面計画上は、入りは低く、出るは高くで、天窓を設けて風が通る道をつくると約2割増えます。
開口部を狭くすると風速は増し、大きくとると緩やかになります。
現代の夏の家
建築家の村松篤さんは、夏に開く家を大切にして設計されています。
夏に開く家だからといって、冬対策を疎かにされているわけではありません。村松さんの冬対策は、複層建具(ガラス戸・障子・雨戸)と断熱重視の方法により、夏に開き、冬に閉じる設計です。先に紹介した図も、村松さんの「風の通り」を表すものです。
幾つかの写真を紹介しておきます。
[珠玉記事 第175回]〈衣替え〉と収納 (前編)
――畦上圭子の住まい術
https://bionet.jp/2024/07/04/koromogae1/
[珠玉記事 第176回]〈衣替え〉と収納 (後編)
――畦上圭子の住まい術
https://bionet.jp/2024/07/17/koromogae2/