びおの珠玉記事
第182回
待宵―月を待つ。
※リニューアルする前の住まいマガジンびおから珠玉記事を再掲載しました。
(2013年09月18日の過去記事より再掲載)
親と月夜はいつもよい
今年、2013年の中秋の名月は9月19日。今のところの天気予報では、晴れの地域が多く、素晴らしい月が見られそうです。
民俗学者の柳田国男は「火の昔」の冒頭で、
世の中が進んだということ、今と昔とくらべてどのくらいよくなっているかということを、考えてみるのには、火の問題が一番わかりやすいと思います。世の中が明るくなるということは、燈火から始まったといってもいいのであります。やみはすべてのものをかくし、静かに休むのには適しているが、外で働き、道を歩くという人たちには、かなりおおきな妨げであります。
と述べています。そして「親と月夜はいつもよい」という子守唄を紹介します。
親と月夜はいつもよい
12、3歳で親元を離れ、よその家を子守りする女の子たちに歌い継がれてきたものです。親から離れたはじめての世間は、まるで闇夜のように怖いものだったのでしょう。そして燈火が発達していない時代には、月のない夜はまさに闇夜であり、月夜ほどうれしいものはなかったのだと。
そうしたこともあってか、月にまつわる言葉は素敵なものが多く見られます。
「待宵」とは、中秋の名月の前夜、月を待つ夜のこと。こんな言葉があること自体、月夜がどれだけありがたかったか想像できます。
月が出てくる前の、空が明るくなる状態は「月白」。月光に照らされた美しいさまは「月映え」。
『日本書紀』には、月の神である月読命(ツクヨミノミコト)は姉である太陽の神、天照大神の怒りを買い、それぞれが別々に天に出るようになった、とされています。ギリシア神話の月の神・アルテミスも、太陽の神・アポロンとは双子とされていて、古代、太陽と月は対の関係と考えられてきました。
現代の科学では、太陽と月は、その大きさも距離も出自もまるで異なり、対になる存在というわけではありません。
月の成立には諸説ありますが、現在最も有力なのが、ジャイアント・インパクト説と呼ばれるものです。
原始の地球に天体が衝突し、そのときの天体の残骸と、衝突で地球からえぐり取られたものが集まって出来たものが月だ、という説です。このときの天体は、火星ほどの大きさがあったと言われています。
地球はこれにより、地軸が傾き自転速度も変わりました。
自然現象の多くは太陽の恵み、と言われますが、しかしあえていうのなら、日本に四季があるのも、月のおかげ、というわけです。
月見を楽しもう
柳田は、「火の昔」のはしがきに
この本はすこし、昔をほめすぎると思う人があるかもしれない。火の昔という話をするのだから、それは当然のことなのである。もし今日の火の話をするのだったら、今のほうがよいといわねばならぬことは、別にまた、もっともっとあるのである。
と述べています。
本文では、日本にも燃える土、燃える水(石炭、石油)があったことは昔から知られていましたが、それを急いで使おうとしなかっただけでありました、とも。
絶えず吹く強い風、大きく寄せてくる激浪の力なども電気に変えられると述べ、「私たちの楽しんで働くべき仕事は」まだまだたくさん横たわっている、と書いています。
また、昔の人の感覚では、火にも清い火と穢れた火があり、神様や先祖に供えるご飯を炊く竃には、安心できるたきぎでなければ認めない、という風潮があったといいます。同じ火とはいえ、燃料そのものの選択にもやかましかったのです。これが、だんだん燃料が遠くから届くようになるにつけ、そういうことにかまう人は少なくなっていきました。
さてしかし、海の向こうでは「火」を区別する動きが出ています。
オーストリアでは、輸入された電力にも、原発由来のものは認めない、という法律が成立しました。
オーストリアには、稼働している原子力発電所はありません。ツヴェンテンドルフ原発の建設後、1978年に行われた国民投票で、50.47%の反対により稼働しないことを決定しました。
そして今回の、輸入された電力への電源表示義務(実質的な原発由来の電力拒否)という、改めて明確な脱原発に進んでいます。
さて翻って日本はといえば、現在全原発が停止をしているものの、その先についての社会的合意はまるで形成されていない状態です。
代替エネルギーとして期待されている太陽電池についても、メガソーラーの計画ばかりが報道されるものの、実際に稼働しているものはわずかです。
固定価格買取制度が始まった2012年7月から2013年5月までの間に認定された発電設備は2240万kW、このうち実際に運転しているのは335.9万kWにとどまっています。
認定設備の9割が太陽光発電で、住宅用は認定されたほぼ100%が運転していますが、非住宅用の太陽光発電は、1937万kWの認定のうち、166.7万kWと、1割に満たない稼働です。
設備認定を行って固定価格買取の権利だけを取得し、その後着工せずに設備の値下がりをまったり、その権利を転売する業者もあらわれていることも、この低迷の要因でしょう。
固定価格買取の財源は、月々の電気料金に含まれています。ここだけは、「火」の種類をわけているのですよね、日本でも。
あれ、月と関係ない話になっているって…?
それでは、少し月にちなんだ話。
http://www.shimz.co.jp/theme/dream/lunaring.html
清水建設の未来構想のひとつです。月赤道上に敷き詰めた太陽電池による電力を、マイクロ波、レーザー光にして地球に届けよう、というもので、天候の影響をうけず安定した発電が可能。
おお、素晴らしい、といいたいところですが、お月見が、なんだか味気なくなりそうですね。
松本城は、現存天守であるとともに、「月見櫓」がある城としても知られています。
築城時には存在しなかった櫓ですが、江戸時代になり、将軍家光が立ち寄ることになったために急遽、月見櫓と辰巳附櫓を造営することになりました。結局、家光は松本城を訪れることはありませんでしたが、この月見櫓は現存し、国宝に指定されています。
政治的な思惑はあるにしても、将軍を迎えるために月見櫓を設ける、ということは、月見がたいそうなおもてなしであり、また好まれていたことの証でもありましょう。
月明かりのありがたさを忘れた現代人にとって、「親と月夜はいつもよい」というほどのことはないのかもしれません。
それでも、空に月を見つければ、人はそこに郷愁を覚えるのではないでしょうか。
月見については、過去に何度か取り上げていますので、参考にして、ぜひ素敵な夜をお過ごしください。
色、いろいろの七十二候 第26回 白露・お月見 https://bionet.jp/2019/09/17/iro72_44/
びおの珠玉記事 第146回 もうすぐです、中秋の名月。https://bionet.jp/2023/09/22/chushu/
色、いろいろの七十二候 第97回 草露白・十五夜 https://bionet.jp/2020/09/08/iro72_44_2/