ぐるり雑考
第16回
年周期で生きる
猟師見習中の若い友人がいる。十数年の付き合いで、初めて会った頃はウェブデザインやギャラリースタッフの仕事をしていた。実家は洋菓子店で、お土産でもらう黒豆のマドレーヌが美味しい。
家業の手伝いに戻っていた時期もあった。が、あるとき「猟師になろう」と思ったようで、1年ほど前に某山里の地域おこし協力隊に応募。子ども3人+夫婦で移り住み、小さな家で暮らしている。先日泊めてもらって茶飲み話を交わしていると、彼が「年収100万円の仕事を4〜5本しながら暮らしてゆきたい」と言う。
いま学んでいるのはワナ猟。先達の講習会に足を運んでは、凹んで帰っているという。自分の仕掛けたワナを見回りにゆくと、その手前で獣の足あとが止まっていたり、かぶせた土が鼻先で剥がされていたり。まだそんな力量で、捕獲率は高くはない。
でもすべて自分次第。なにが悪かったのか、学べる材料はすべて現場に残っているし、思い通りにいかなくても誰か他人のせいにする必要もない。腕を上げればいいだけ。獣害は増える一方、かつ猟師の数は減ってゆく一方なので「10年後はすごく重宝されている予定!」と笑う。
あと猟の他にデザインの仕事をしている。サイトも構えていないので、頼んでくるのは、口伝えで聞いた人や出会った人だけ。
頼まれているのは「デザイナー」でなく個別具体的な「彼」だから、本人の力量やセンスを越えた的外れな期待はあまり寄せられない。結果として、こっちの仕事も極めてストレスがないようで、本当にのびのびと、働いて、暮らしている。
「月○万円の仕事を××個持とう」といった働き方の提案を、ときどき見かける。一つの仕事や勤め先に縛られず、小さな仕事を併行的にいくつか手がけてゆく方が、実はリスクも低いし、仕事に対するオーナーシップも持ちやすいという考え方。30歳で会社を辞めてから、僕も常に複数の仕事をして生きてきたので「まあそうだよね」と聞き流していたのだけど、彼と話しながらあることに気づいた。
その若い見習猟師&デザイナーは「年収100万円の仕事を4〜5本」と言った。「月○万円」でなく「年○万円」と述べている。ここは面白いところなんじゃないかな。
彼は猟期の冬を迎えると山に入る。夏場に仕留める鹿の肉の美味しさを嬉しそうに語る。考えてみれば、農家の人も稼ぎを月収では語らない。彼らは年周期の中。季節の中で働いて、暮らしている。
逆に前者は〝月々〟の単位で生きている。それは言わずもがな会社員的で、ローンやカード決済的で、かつ都市的だ。寒い暑いの変化はあるものの、12ヶ月はフラット化しているように思う。
何気ない言葉づかい一つに、本人が生きている世界の違いが、あらわれている気がしたんですね。