世界のキッチン おじゃまします!
配給制度が残る国・キューバで見た6つのキッチン
キッチンは個人の料理の好き・嫌いに関わらず、必ずと言っていいほど家の中にある。どんなに小さい居住空間でもキッチンは欠かすことのできない存在だ。このキッチンに付随する炊事機能は世界共通だが、国が変われば料理が変わり、それに従って設えや暮らしのなかでの立ち位置も異なるのではないだろうか。その国の暮らしをキッチンから覗いてみようと思い、最初は社会主義国・キューバで取材することにした。現地で思わぬ縁がつながり取材した「6つのキッチン」から見えてきたのは、キューバの人びとの、小さい空間を上手に工夫して使う柔軟さと物がなくても自分たちで発明してしまう賢明さ、そして料理がキューバの人にとって非常に日常的な行為ということだった。
Vol.5 仕出し料理屋を営む
元船舶料理人の
女性の清貧なキッチン
近所の人たちのために作る料理
キューバで5件目に取材したのは、ハバナの旧市街で地域の人に向けた仕出し料理屋を営む女性、タマラ・サポティンさん。街の通りから一本入った細い道を進むと、彼女の家が見えてくる。
細いアプローチを通り、家に上がらせてもらう。入り口すぐにL字のキッチンが併設された小さなリビングがあり、彼女は日々このキッチンで仕出し料理を作っている。言わば、家でありながら仕事場だ。
使い込まれたキッチンは、ところどころに傷がありながらもとてもきれいに使われている。元料理人というだけあって、清潔さには人一倍気をつかっているようだ。
彼女はいま、息子と二人でこの家に住んでいる。取材を始める前に私が「タマラさんの料理が食べたい」とお願いすると、快く作ってくれた。
彼女が旧市街で仕出し料理を始めたのは17年前になる。日々の仕事について聞いてみた。
「仕出しはお昼だけ営業していて、一日平均30食ほど作っています。お客さんはオビスポ通り(街のメイン通り)でお店を営んでいる人が多いですね。飲食店を営んでいたとしても、忙しくて昼食は私に頼む人も少なくありません。料金は一律1cuc(約110円 ※2018年4月時点)です。そのなかで工夫しながら毎日メニューを変えています。
仕出し料理を始める前は、キューバからアジアなどに行く輸出船の食堂で料理人をしていました。当時は乗組員200~300人分の料理を作っていたのですが、30食なのでだいぶ楽になりましたね。」
「大事なことは、料理が好きなこと」
話をしている間にささっと一皿が完成した。素朴な味のコングリ、玉ねぎの甘みがよく合う豚ステーキ、口直しのサラダという完璧なバランス。薄味でしつこさがなく、手が止まらずにするすると食べきってしまった。私が「リコ!(rico:スペイン語でおいしいの意味)」と言うと、柔らかく微笑んでくれた。
タマラさんは船の料理人になるためにキューバのホテルで修行をしたそうだ。本格的に料理を学んだだけあって、今日のステーキには白ワインやビネガーなどで下味をつけるなど、玄人らしい繊細な技が効いている。そのほかにも食材と調味料の組み合わせでいくらでも味のバリエーションを出せることや、ロブスターなどキューバで獲れる食材のおいしい調理方法を教えてくれた。
料理について聞いてみると「料理はとても楽しいです。好きじゃないとこの仕事はできません。料理が好きじゃない人が作った料理は、食べればすぐにわかります。」と語ってくれた。彼女はホテル、船の上、キューバの街中と場所を変えながら料理の腕を磨き続けている。60歳になってもなお料理への好奇心に溢れていて、その姿が純粋にかっこ良いと思った。
キューバ滞在最後の日、街で偶然タマラさんと再開した。私と目が合った瞬間、屈託ない笑顔でこちらにかけ寄って、強く抱きしめてくれた。タマラさんの愛情表現が豊かで、人との距離が近いからそうしてくれたのはもちろんなのだが、きっと私が彼女の料理を食べているのも関係していると思った。
料理を食べてもらうという行為は、愛情を受け取ってもらうこととかなり近い行為だと思う。料理を普段からよくする身としてそう思う。きっと彼女にとっての料理とは、地域の人たちを愛する方法なのだと腹に落ちた。
次回は、キューバの田舎町で民泊を営む夫婦のキッチンを紹介したい。ゲストが食事をする屋上テラスまでDIYしてしまう腕の持ち主。どうぞお楽しみに。