<遠野便り>
馬たちとの暮らしから教わること

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6月:山上げの季節

6月に入ると太陽はますます高く、森の緑は日に日に濃くなっています。エゾハルゼミに代わってヒグラシの声が昼間の森に鳴り響いています。ホトトギスやウグイス、アカショウビンの声もまだ聞こえています。里ではツバメの子たちが巣立って、夜明けとともに親ツバメと飛行訓練にいそしんでいます。

牡馬のアルとサイは夏、われわれと里の放牧地で過ごす。最低1回は暴れる、というかきつい自主トレの日課。

キツネが何やら好奇心いっぱいで牡馬たちのそばにやってきています。夏毛のテンが林道に顔を出し、ヤブに飛び込みました。森の中を縫うように流れる細い沢ではミソサザイがからだに似合わない大きな音で複雑なメロディーを奏でています。本流の渓谷ではカワガラスが流れの中の大きな石に乗って黒っぽい短い尻尾をさかんに振っています。

遠野の狐

キツネが時々牡馬たちのところに遊びにやってくる。馬には触れるほどの距離に近づくけれど、人には警戒心を解かない。

6月はまた虫の季節が本格化する時期でもあります。チョウやガやトンボに加え、そろそろ馬たちの天敵のアブも増え始めます。分蜂したニホンミツバチが、彼らが巣箱に使ってくれればいいなあと作業小屋の脇に設置していた丸太のウロに入ってきました。みなで今年は蜂蜜が手に入るかなと期待をよせつつクマ対策を考えないと、と話をしています。6月の終わりの蒸し暑くて風のない夜、森の中をホタルが飛び始めます。ここで見られるのはヒメボタルといって森林に棲むホタルです。白色のLED電球のような鋭くて小さな光を素早く明滅させています。そんな6月の森や里の生き物の様子です。

遠野の青蛙

森に囲まれたため池が複数あるクイーンズメドウにはモリアオガエルが生息している。樹上産卵中のカエルを狙ってアオダイショウが枝に絡みついていたり。

牝馬たちは高原に行きました。遠野では初夏、高原の牧場に放牧することを山上げ、晩秋、牧場から里へ連れ帰ることを山下げといいます。中世のころから行われていたともいわれ、このような馬の飼育方法を〈冬里夏山〉方式と呼んでいます。

遠野の山上げ

山上げ道中。林道は森を縫いながら高原を目指して標高を上げていく。子馬のエリザもがんばって歩く。

クイーンズメドウでは3年前から昔からのやり方にならって、歩いて、あるいはときに裸馬に騎乗して、山上げ、山下げをやり始めました。その行程がスタッフにとっても新鮮で楽しく面白かったので、他の人たちにも味わってほしいと思い、去年からツアーのような形で実施しています。

山の馬

山上げから数日後、最初から高原で暮らしていたかのようにくつろぐ子馬エリザとそのお婆さんのエリアナ。

今年の山上げは、春に子馬が生まれたので、エリザと名づけた子馬を伴っての道中となりました。途中、エリザの足取りが何度か止まり、立ったまま寝始めたりもしたのでどうなることやら少し心配になりましたが、後半になるとがぜん元気を取り戻し、約13km、標高差およそ500mの、大人ですら少々難儀な行程を親馬たちともに見事歩き通しました。

母系の3世代。右からエリ(母)、エリザ(娘)、エリアナ(エリザの祖母)。ハフリンガー純血種は、牝馬の場合、頭文字で血統の繋がりを表していく命名方法(この場合はE)。

著者について

徳吉英一郎

徳吉英一郎とくよし・えいいちろう
1960年神奈川県生まれ。小学中学と放課後を開発著しい渋谷駅周辺の(当時まだ残っていた)原っぱや空き地や公園で過ごす。1996年妻と岩手県遠野市に移住。遠野ふるさと村開業、道の駅遠野風の丘開業業務に関わる。NPO法人遠野山里暮らしネットワーク立上げに参加。馬と暮らす現代版曲り家プロジェクト<クイーンズメドウ・カントリーハウス>にて、主に馬事・料理・宿泊施設運営等担当。妻と娘一人。自宅には馬一頭、犬一匹、猫一匹。

連載について

徳吉さんは、岩手県遠野市の早池峰山の南側、遠野盆地の北側にある<クイーンズメドウ・カントリーハウス>と自宅で、馬たちとともに暮らす生活を実践されています。この連載では、一ヶ月に一度、遠野からの季節のお便りとして、徳吉さんに馬たちとの暮らしぶりを伝えてもらいながら、自然との共生の実際を知る手がかりとしたいと思います。