<遠野便り>
馬たちとの暮らしから教わること
第9回
6月:山上げの季節
6月に入ると太陽はますます高く、森の緑は日に日に濃くなっています。エゾハルゼミに代わってヒグラシの声が昼間の森に鳴り響いています。ホトトギスやウグイス、アカショウビンの声もまだ聞こえています。里ではツバメの子たちが巣立って、夜明けとともに親ツバメと飛行訓練にいそしんでいます。
キツネが何やら好奇心いっぱいで牡馬たちのそばにやってきています。夏毛のテンが林道に顔を出し、ヤブに飛び込みました。森の中を縫うように流れる細い沢ではミソサザイがからだに似合わない大きな音で複雑なメロディーを奏でています。本流の渓谷ではカワガラスが流れの中の大きな石に乗って黒っぽい短い尻尾をさかんに振っています。
6月はまた虫の季節が本格化する時期でもあります。チョウやガやトンボに加え、そろそろ馬たちの天敵のアブも増え始めます。分蜂したニホンミツバチが、彼らが巣箱に使ってくれればいいなあと作業小屋の脇に設置していた丸太のウロに入ってきました。みなで今年は蜂蜜が手に入るかなと期待をよせつつクマ対策を考えないと、と話をしています。6月の終わりの蒸し暑くて風のない夜、森の中をホタルが飛び始めます。ここで見られるのはヒメボタルといって森林に棲むホタルです。白色のLED電球のような鋭くて小さな光を素早く明滅させています。そんな6月の森や里の生き物の様子です。
牝馬たちは高原に行きました。遠野では初夏、高原の牧場に放牧することを山上げ、晩秋、牧場から里へ連れ帰ることを山下げといいます。中世のころから行われていたともいわれ、このような馬の飼育方法を〈冬里夏山〉方式と呼んでいます。
クイーンズメドウでは3年前から昔からのやり方にならって、歩いて、あるいはときに裸馬に騎乗して、山上げ、山下げをやり始めました。その行程がスタッフにとっても新鮮で楽しく面白かったので、他の人たちにも味わってほしいと思い、去年からツアーのような形で実施しています。
今年の山上げは、春に子馬が生まれたので、エリザと名づけた子馬を伴っての道中となりました。途中、エリザの足取りが何度か止まり、立ったまま寝始めたりもしたのでどうなることやら少し心配になりましたが、後半になるとがぜん元気を取り戻し、約13km、標高差およそ500mの、大人ですら少々難儀な行程を親馬たちともに見事歩き通しました。