びおの珠玉記事

43

名字の日

※リニューアルする前の住まいマガジンびおから珠玉記事を再掲載しました。
(2013年02月13日の過去記事より再掲載)

印鑑

2月13日は「名字の日」。1875(明治8)年の平民苗字必称義務令により、国民すべてが苗字を持つことが義務付けられた日です。

この法では「苗字」という記載ですが、元来の名称としては「名字」が使われていたようです。「苗字」と呼ばれるようになったのは江戸時代からといわれています。

私たちの、個人としての「名前」を指す言葉は、なかなかに多様です。

英語で言うfamily name、「苗字」は「名字」でもあり、「姓」「氏」という表現をすることもあります。
下の名前、first nameは、「名前」「名」 などと呼ばれたりします。ただ単に「名前」と言ったときには、どちらを指すかわからず、「名字」に比べると呼び名のバリエーションがとても少ないものです。
もっとも「姓」と「氏」、「名字」も本来は別物です。この部分は解説すると大変長くなってしまうので、興味のある方はぜひ調べてみてください。

現代日本の私たちは、「上の名前(名字)」と「下の名前」の2つだけを用いています。

明治の平民苗字必称義務令が出された時には、姓だけしかなかった人もいれば、名字だけしかない人、どちらもない人がいました。これらを一律に「名字」と「名前」に改められることになり、日本人はみな名字を持つことになりました。このときにつけられたあたらしい名字を「明治新姓」といいます。

氏や姓の混乱の究極とも言えるのが、「夫婦別姓」制度です。

この制度、実は法務省では「選択的夫婦別氏制度」と呼んでいます。法律では名字や姓のことを「氏」と呼んでいるため、正式名は「夫婦別氏制度」ですが、しかし法務省でも「いわゆる選択式夫婦別姓制度」という、なんともおかしな名前でも呼んでいます。

法務省:選択的夫婦別氏制度(いわゆる選択的夫婦別姓制度)について
http://www.moj.go.jp/MINJI/minji36.html

「姓名判断」とはいいますが、「氏名判断」とはなかなか聞きません。
姓と氏と名字と苗字、なんとも奇妙な使い分けがされています。

佐藤さんの話

日本で一番多い名字とされる「佐藤」さんのルーツは、藤原氏にあるといわれています。「藤原」は、中臣鎌足が大化の改新の功によって与えられた姓です。平安時代は藤原氏による貴族政治の時代ともいわれ、朝廷の役職の多くが藤原氏によって占められていました。

藤原鎌足

藤原氏の祖であり、全国の佐藤さん他の祖かもしれない、藤原鎌足。

現在も多い「藤」がつく名字は、藤原氏、あるいはそこに近い人に由来すると考えられています。

加賀では「加藤」に、伊勢では「伊藤」にという具合に。「佐藤」の由来は、左衛門尉さえもんのじょうという役職から、佐野の地名から、など諸説あります。実際に藤原氏の血筋だったのか、あやかってつけたのかは定かでありませんが、それほどまでに藤原氏の勢いが強かったということでしょう。

家と家族と名字

1898(明治31)年に施行された明治民法746条に、「戸主及び家族は其の家の氏を称す」という条文があります。
「家」が、「氏」を称す。「家」に疑似人格が与えられています。
また、788条には「妻は婚姻に因りて夫の家に入る」とあります。
「家」に入る。この「家」はもちろん建築物としての家ではありません。

「戸主及び家族」という言葉は、「戸主」と「家族」が別のメンバーであることを示しています。
戸主とは、その家の統率者であり、「家に入る(≒婚姻)」や、家から出ることに関する権限を持ち、また死亡や隠居した時には新たな戸主(多くは長男)に継承されるものでした。戸主はあくまで統率者であり、家族の一員ではなかったのです。

現代の感覚では、「家」は、建築物を指すhouse、家族は、同じ家に住み生計を同じくするfamily、というイメージですが、明治から戦前にかけては、「家」は「名字」であり、「家族」は統率される側でした。

この家制度は、戦後の民法改正で廃止されましたが、今でも「家」という言葉に、このころの家制度を重ねて表現する場合があります。「家」と「家族」、そして「家庭」は、それぞれ重なりあいながら、違うものを指しています。姓と氏、名字が異なる出自を持ちながら、現代は同じものに収斂しゅうれんされてきたように、これらの言葉も似た地点に向かっていくのでしょうか。
「家」は、古い意味でも、新しい意味でも、小さくなっています。

名字は生き残れるか

名字の数は、全国に10数万とも30万とも言われています。ずいぶん開きがありますが、きちんと統計が取られたこともなく、正確な数字はわかっていません。

選択式夫婦別氏制度もまだ議論が続いており、現在は結婚したら夫婦いずれかの名字を名乗ることになります。このとき、当然どちらかの名字は1人減ってしまうことになります。「家を継ぐ」ことを考えるあまり、結婚を踏みとどまる、というケースがどれだけあるのかわかりませんが、珍しい名字は結婚によって減少していく可能性は否めません。

名字の変更をしたい場合、家庭裁判所に申し立てることになります。かっこいい名字に変えたい、なんていう理由は受け付けられないようですが、婚姻・離婚などによって永年使用していた名字を変えたくない、という場合や、あまりに珍奇な名字の場合は、変更が認められることがあります。

裁判所 | 氏の変更許可の申立書
http://www.courts.go.jp/saiban/syosiki_kazisinpan/syosiki_01_19/index.html

とはいえ、そこでまったく新しい名字が認められる可能性は低く(裁判官次第ですが)、日本の名字は増えていくことはない、のではないでしょうか。

みなが名字をもつようになって150年。家制度が廃止されて60数年。これから日本の名字はどうなっていくのでしょうか。誰かが能動的にコントロールできるものではありませんが、でもなんとかしなければいけないような、不思議なテーマです。