森里海から「あののぉ」
第9回
舟屋
京都府の北部、日本海に面した地域に二つの舟屋集落があります。ひとつは伊根町伊根地区にある通称「伊根の舟屋群」と呼ばれる集落で重要伝統的建造物群保存地区に指定されています。
海の水際ぎりぎりのところに、妻側を海に向けた2階建ての建物が伊根湾を取り囲むように建ち並び、独特の景観をつくり出しています。
伊根湾は日本海でありながら南向きで波が穏やかなこと、また日本海独特の潮の干満差がほとんどないことなどの条件が整ってこれらの舟屋群が成立しています。干満差が3m以上もある瀬戸内沿岸で育った私たちには想像しがたい光景です。しかも、今でもこの地区に230棟の舟屋が残っているというから驚きです。
またこの地区のもう一つの特徴は海側の舟屋と道路を隔てて主屋があり、主屋と舟屋に挟まれたかたちの集落が形成されていること。というのも道路はもともと個人の中庭でありながら半公共的に他人が通ることもできたコミュニティ空間だったそうです。海側だけでなく陸側の街の表情も良い風情を醸し出しています。
もう一つの舟屋集落は「溝尻の舟屋(阿蘇の舟屋)」と呼ばれるもので、天橋立で仕切られた内側の海に面した地区に37軒ほどの舟屋が並びます。こちらは重要文化的景観に指定されています。
伊根の舟屋は外海の舟屋ですが、溝尻のものは内海の舟屋で伊根よりもさらに穏やかな水面に浮かぶ小屋群です。船を引き上げる斜路が砂でつくられているものもありました。
伊根のものはほとんどコンクリートでできており、砂だと海に持って行かれると言われてましたので、内海の穏やかさを物語るつくりだと思います。
伊根の舟屋は今や有名な観光地になりましたが、溝尻の舟屋はまだあまり知られていないと思います。場所も近いので是非対照的な二つの舟屋群をご覧になることをおすすめします。
※ 本連載は、菅組が発行する季刊誌『あののぉ』で著者が連載している内容を転載しています。