びおの珠玉記事
第100回
「アレルギー」と「清潔」
※リニューアルする前の住まいマガジンびおから珠玉記事を再掲載しました。
(2013年01月25日の過去記事より再掲載)
2012年12月、乳アレルギーの小学生が、給食を食べて、アナフィラキシーショックで亡くなるという事故がありました。
大変痛ましい事故で、亡くなられたご本人、そしてご遺族の無念は如何ばかりか、想像に耐えません。
この事故を契機に各地で調査があり、アレルギーと給食の対応での事故が次々に報告されています。
子どもだけでなく、大人をみても、アレルギー体質を持つ人は珍しくありません。
どうしてアレルギー体質の人が増えてしまったのでしょうか。
アレルギー反応とは
免疫システムは、異物と見做したものを排除し、それを学習します。この例の代表的なものが、天然痘の予防接種です。
現在は根絶された天然痘ですが、かつては恐ろしいほどの感染力をもつ伝染病として猛威を振るっていました。
イギリスの医師、エドワード・ジェンナーが、天然痘にかかった牛から膿を取り出し、これを人に接種してみると、疱瘡ができるものの、その人はもう天然痘にかかることはなくなりました。免疫が、天然痘に対抗することを記憶したのです。こうした免疫を、獲得免疫と呼びます。
アレルギー反応とは、身体が持っている免疫反応のあらわれです。私たちの身の回りには、さまざまな細菌、ウイルス、寄生虫など、身体に悪影響を持つものが多くあり、これらと戦って打ち克つための機能が免疫反応です。白血球が細菌を食べる、というのが例としてよく用いられますが、こうしたことの他、異物と認識したものを排除しようとする反応すべてが、免疫反応といえます。
アレルギー疾患は、この免疫が過剰に現れることをいいます。
食物アレルギーの場合は、同じ鍋で以前に調理したもので反応が出たり、別の鍋で調理した湯気に含まれているもので反応が出る、ということもあります。
体内に取り入れなくても、傍にあるだけで反応してしまう場合もあります。
食物依存性運動誘発アナフィラキシーという、ある特定の食物を食べた後に運動をすると、その刺激でアナフィラキシーを起こす、という症状もあらわれています。
アレルギー疾患の人にとって辛いのは、アレルギー症状ももちろんですが、周囲がなかなか正しい理解をしてくれないこともあります。
花粉症もアレルギーの一種ですが、同じ環境にいても、症状が顕著な人もいれば、それほどでもない人、まったく平気な人にわかれれます。
お酒を飲んですぐに真っ赤になる人もいれば、底無しに飲む人もいます。こうした反応には個人差が大きく、またアレルギーを起こす条件もさまざまです。
一律に「これはアレルギーによい、わるい」と言い切れないのが、むずかしいところなのです。
衛生仮説
20世紀のはじめには、0.3%だったアレルギー疾患の患者は、今は3人に1人にまで増えたと言われています。ここまで激増した理由としてあげられている説のひとつに、衛生仮説というものがあります。
上にきょうだいが二人以上いる人では、アレルギー疾患になる率が低い、という調査結果があります。きょうだいのいる家庭では、上の子が風邪をひいてきて、下の子にうつす、ということがよくあります。下の子は、上の子がいることで細菌やウイルスに感染する機会が多い、ということです。花粉症の調査でも、下の子になればなるほどかかりにくい、という調査結果もあります。
ハウスダストに含まれる細菌由来の毒素(エンドトキシン)の量と子どもの抗体を調べた調査でも、エンドトキシンの多い家、ようするに不潔な家で育った子どものほうが抗体値が低くアレルギーになりにくい、という結果が出ています。
アレルギーが問題になりはじめた当初は、原因は遺伝と考えられていましたが、近年になり、先進国で急激に増えたアレルギーは、清潔になった社会が招いた、という説です。
日本でアレルギー体質が増え始めたのは、昭和30年代、高度成長に入ってからだといわれています。それまでは家畜が身近にいる農村だったところが、都市化し、機械化されることで、免疫のバランスが崩れた、というのです。
この説には一定の説得力があります。
ただ、「衛生」的でなく、免疫が正常だった時代は、さまざまな感染症との戦いがあった時代です。昭和20年代の死因は上位から「結核」「肺炎・気管支炎」「胃腸炎」でした。すべて感染に由来するものです。免疫獲得のためなら死んでもいい、なんていうのは、やはりおかしいではないですか…。
衛生仮説が正しいとして、乳幼児期に清潔すぎたのだ、と今更言われてもどうしようもありません。子どもに対しての話であり、大人は今から不潔にしてみたところで、そうした効果はないといいます。
また、小さなお子さんをお持ちの場合でも、どのぐらい「不潔」ならいいのか、その匙加減は一定ではありません。家畜のいた環境に近づけるために、犬や猫を飼うと、糞尿に含まれるエンドトキシンによってアレルギー予防になるという疫学調査がある一方で、猫がアレルゲンになることもあります。きょうだいが多いと、免疫獲得機会が増える、かもしれませんが、病気のリスクもそれだけ増えるわけです。
これからも、子どもたちは、おそらくさらに「清潔」な環境で生まれ、育っていきます。思いもよらない免疫の反乱が待っているかもしれません。
でも、そんなに暗い話ばかりではありません。
アレルギー治療にも期待されているiPS細胞は、アメリカで「iPS細胞は自家移植でも拒絶反応を引き起こす」という発表がされていましたが、先頃、放射線医学総合研究所の研究で、それを覆す研究が発表されました。
また、自然免疫の研究も進んでいます。病原体を感知して免疫を働かせるToll様受容体の研究は、感染症だけでなく、がん免疫治療にも期待がかかっています。
何かを急に変えていくと、どこかに問題が出る、ということは、免疫・アレルギーのことにかぎりません。
エネルギーの問題にしても、原子力をやめて、50年前の社会に戻れるかといえば、それは困難ですが、省エネや創エネといったことで、その二択ではない、別の解決方法は見いだせるはずです。
完全に自然のままで生きられない私たちは、矛盾も抱えながら、過去にも学んで慎重に前に進んでいく、ということしかないのでしょう。人には、そういう力も備わっています。
シックハウス症候群とアレルギー
シックハウス症候群とアレルギーは、得てして混同されがちですが、
シックハウス症候群の原因は複数にわたります。ホルムアルデヒドに代表されるVOC(揮発性有機化合物)による健康障害は、自律神経系に作用します。この場合は免疫反応ではなく、アレルギーとはいえませんが、このことによって免疫系に影響をおよぼすこともあります。
また、VOC以外のシックハウス症候群の原因として、カビやダニといった生物由来のものがあげられます。これらはアレルギーを引き起こすことがあります。
シックハウス症候群、といったときに、VOCによるものだけをさす場合もあれば、カビ・ダニによるものを含めて称する場合もあります。
VOCやカビ・ダニは、衛生仮説のいう乳幼児期の獲得免疫にはなりません。
VOC対策は建築材料、持ち込み家具など、発生源となりうるものを極力少なくすること、そしてカビ・ダニ対策を含めて、ともかく「換気」をしっかりすることです。