町の工務店探訪④
全国には、特徴的な取り組みをしている工務店がたくさんあります。あの工務店、面白そうだけど、他の工務店と何が違うのだろう。そんな素朴な疑問に対して、それぞれの工務店の特徴を丁寧に調べて伝えたい。そこでびおでは、取材クルー(編集・ライター・カメラマン)を結成し、全国の工務店を訪ね回ることにしました。住まいづくりの現場、イベント、施主へのインタビューなどを通して見えてきたのは、地域の風土に呼応したその土地らしい工務店の姿でした。(企画=町の工務店ネット)
Vol.3 【インタビュー】民家に学ぶ、伝統構法の道理
福岡・悠山想
Vol.2で実践と理論を通じて伝統構法を知っていく中で「大事なことが見えてきた」と語った宮本さん。構造力学や建築構法の講義を彷彿とさせる専門的な内容にも踏み込んで、その「大事なこと」を教えてもらうことに。
「伝統構法は、理にかなっている」
——伝統構法を理解していくうちに見えてきた大事なこととは、なんでしょうか。
宮本 伝統構法が理にかなったもので、かつ現代の常識となっている構法とはまったく違う考え方でつくられているということです。まず伝統構法は礎石に柱を置いた「石場建て」ですが、これは地震動を絶縁する構法なんです。
——地盤からの揺れを絶縁するということは、免震構造*1のようなものですか?
宮本 似ているけど少し違います。石場建ては地震動を受けたときに、浮いたり横にずれたりすることで絶縁するので、ロッキング免震と呼んでいる方もいますね。世界を見ると、イラン北西部(地震が多い)ギラーン州の民家では、免震構造として働く組木の基礎がありますね。それぞれの地域で工夫しています。
——基礎と土台がアンカーボルトでがっちりと固定された在来工法に見慣れていると、ただ石に柱が置いてあるだけの石場建てはなんとなく不安になりますが、じつは地震をかわす役割があるのですね。
宮本 上部構造も違うんです。現代の構法は、壁が構造の主要素です。壁や筋交いで軸組を面で固めた方が頑丈だという考え方でできています。一方で伝統構法はフレームです。そのフレームには貫*2や込み栓*3といった接点がたくさん設けられているので、地震動エネルギーを吸収し消費させ、強い地震にも粘ることができるのです。
阪神と熊本の地震をきっかけに気づいたこと
——伝統構法に惹かれた理由としては、構造的な部分が大きいのですか?
宮本 大きなきっかけは、阪神の地震です。あのときは建物が人を殺しました。では人を殺さない建物って何だろうと考えたときに、やはり伝統構法ではないかなと思ったのです。淡路島では、建物の倒壊による死者が出ていないんですね。伝統的な建物は変形性能*5が高く粘り強いので、部分的に壊れても生命維持空間は残りました。
——あまり詳しくないので単なる印象なのですが、阪神・淡路大震災で建物が人を殺してしまった要因は瓦屋根の重みにあり、だから軽い金属屋根の方が安全なのではないかと認識していました。
宮本 重いといっても、カラーベストと比較して㎡あたり30kgくらいの違いでしょう。重たいのならばその分フレームの耐力をあげればよいわけです。それに屋根が重たければ地震動の入力自体は増えますが、傾斜復元力*6も、固有周期*7や摩擦力も伸びるので、捉え方次第なのです。石場建ての場合は、重たい方が有利に働くことが多いですね。それにいぶし瓦は100年もつという耐久性という視点や島根県の石見瓦葺きの集落景観の美しさとかも大事だと思います。
——石場建ての場合に屋根が重たいと有利に働く理由としては、摩擦力が大きいのですか?
宮本 単純にいえば、摩擦係数が同じなら重たい方が摩擦力は増えます。石場建ての場合は足元を固定していないので、摩擦力は足元が滑るか滑らないかということに関連します。巨大地震時に柱脚が滑ることによって地震力が上部への入力が遮断されるため、建物の応答が抑制されることになります。ただし固有周期が長く、剛くないのが伝統構法の建物ですので、巨大地震時以外には滑りは生じないかもしれません。したがって滑る、滑らないは巨大地震時の安全装置と考えたほうが良いですね。
伝統構法の耐震性についての理論的な根拠となっている限界耐力計算は振動論をもとに成り立っています。振動論では耐力と減衰力と変形力で地震力に対応します。E-ディフェンス*8での実大実験でもその計算の有効性は確認されています。
——勉強になります。昨年の熊本の地震の際にも、震災復興に尽力されていたようですね。
宮本 熊本市の川尻町にある瑞鷹という蔵元さんの、その界隈の景観を形成している建物が地震被害に遭ったので、川尻町で活動している古川設計室の古川保さんらとともに「職人がつくる木の家ネット」をはじめとする工務店や設計事務所のネットワークを通じて、全国の大工に声をかけました。のべ120人の大工が修復工事にあたってくれました。瓦の下地を替えて、葺き替えて……という一連の作業を見ていたら、当初は酒造りを辞めると言っていた瑞鷹の社長さんも感動して、再建すると言い出したのです。感激しましたね。
——建物を修復するプロセスが、人の意識も町の様子も変えたのですね。
宮本 瑞鷹さんは当初、鉄骨の建物に建て替えるとおっしゃっていました。地震で土蔵の壁土や瓦屋根が落ちるのは構造的には当たり前なのですが、すごい被害に見えてしまうんです。きちんとつくられている建物は力学的にも整合性が取れていることが多いのですが、それを成立させている理論的な背景までは伝承されていません。地震が起きてもその100年、200年も経つと教訓が生かされません。だから今の伝統構法の道理のようなものを確立することが重要だと思っています。
何重にも梁が重なる「和白の家」の居間。元々は土間だったが、床を張り、南側に窓を設けている。
「伝統○○」と名がつくもの全般には、保守的な印象がなくもない。だが悠山想が扱っている「伝統構法」は、いま普及している構法への疑問からはじまっている。そして既存の構法に備わる理論的な裏付けを探りながら、実践を重ねて切り開かれた革新的な取り組みだ。職人の手仕事を大切にすることも既存技術に対する執着によるものではなく、日本の文化を考えた広い視野に基づいている。
今回の取材では、3軒もの家を取材させていただくことができた。依頼から取材当日までの期間がかなり短く1軒も拝見できない可能性もありえると考えていたので、とても驚いた。オーナーと悠山想との間に堅い信頼関係があるからこそ、急な対応も可能なのだろう。
そして「甘木の家」のご主人が「さまざまな家を見比べて本物と感じたから悠山想に依頼した」とおっしゃっていたが、その言葉には説得力があった。自然素材や手仕事をプロモーションの道具として扱うビルダーもしばしば潜む家づくりの世界においては、理論と職人技が結びついた「本物」の存在は、どこか尊さを感じさせてくれるほど頼もしい。
*1 免震構造 地盤と建物の間に揺れを吸収する免震装置を挟み、地震を建物に伝わりにくくした構造。
*2 貫 柱を貫通させながら、柱同士をつなぎ合わせる水平材。
*3 込み栓 金物を使わない伝統構法において、柱や梁といった部材同士のつなぎ目「仕口」「継手」を固定するために打ち込む細長い材。
*4 減衰 地震力が次第に失われること。伝統構法の場合、土壁の存在や部材同士のめり込みや摩擦によって地震力を減衰させる。
*5 変形性能 大きな力を受けた部材が、曲がる、あるいは仕口などにめり込むことで、倒壊せずに粘りつづける力。
*6傾斜復元力 柱などが傾いたときに、元に戻そうとする抵抗力。上からの荷重が大きいほど高くなる。
*7 固有周期 物体の揺れの周期のこと。質量が大きいほど長く、剛性が高いほど短くなる。地震の周期と建物の固有周期が一致すると、共振を起こし被害が大きくなる。なお免震は固有周期を長期側にずらすことで建物を揺れにくくする技術である。
*8 E-ディフェンス 兵庫県三木市にある、大型構造物の振動破壊実験を行う実験装置。国立研究開発法人防災科学技術研究所が所管。