[住まいを予防医学する本] 室内空気質
Vol. 室内空気質
※リニューアルする前の住まいマガジンびおから珠玉記事を再掲載しました。
(2008年08月12日の過去記事より再掲載)
人が1日に肺に取り込む空気量は、13,000リットルにも達します。もし部屋の空気が汚れていたら、どんな影響があるのでしょうか?
人のからだは、細胞でできています。その数は約60兆もあります。
細胞が生きてくには酸素が不可欠です。酸素は空気中にありますので、人は空気を吸ったり吐いたりすることで酸素を得ています。
人は新鮮な酸素をいつも欲する動物です。けれども、意識して呼吸することはあまりありません。人は起きているときも、寝ているときも自然に呼吸しています。スゴイ量の空気を吸ったり吐いたりしているのに無頓着です。
人は、呼吸するたびに約50ミリリットルの空気を吸ったり、吐いたりします。
大人は、だいたい1分間に18回呼吸するといわれているので、9リットルぐらいの空気を吸っていることになります。
1回空気を吸ったとき、そのなかに約0.04%の二酸化炭素がふくまれています。一方、吐き出すときには二酸化炭素は、約4.1%です。量にすると1分間で約400ミリリットルの二酸化炭素を外に押し出していることになります。
部屋のなかの化学物質濃度が、なぜ問題なのか、それは人間が呼吸する生体だからです。人間だけではありません。犬にとっても、猫にとっても大問題です。
化学物質の汚染は床付近で発生することが多いので、低いところで生活する赤ちゃんや、寝たきりの老人の生活に大きく影響します。
人はもともと、熱を持っていますので、人の周辺には上昇気流がいつも発生しています。人は口の周辺の空気を吸うだけでなく、上昇気流で下から運ばれてくる空気も吸っています。
シックハウス症候群とは、家が原因の病気をいいます。
この病名は、いつ、どこで、どのようにしてつけられたか?
日本では「シックハウス症候群」と呼ばれていますが、アメリカでは「シックビル(ビルディング)症候群」と呼ばれています。
この病気は、1970年代に起こった石油危機のとき、アメリカで特に目立った健康被害が生じ、命名された病気です。
石油危機は、日本でも大変な騒ぎになり、トイレットペーパーの買占め事件が起きました。瓦を生産するにも石油が用いられていたため、瓦の価格も上がりました。
アメリカではこのとき、ビル室内の換気量を3分の1に減らす省エネルギー対策が取られました。
その結果、ビルで働く人たちが、めまい・吐き気・頭痛・目や鼻の痛みを訴える事態が生じました。
換気量を減らしたため、室内の空気が新しい空気と入れ替わることが少なくなり、化学物質汚染が生じて起こった症状であることが初めて分かったのです。
それでこのような症状をシックビル症候群と呼ぶようになりました。「シック」は英語で病気、「ビル」は建物、「症候群」はからだにあらわれる異常症状をいいます。
日本では、幸いにしてビルの換気量を規制する法律があったため、このような問題は目立ちませんでした。しかし、新築の家が原因で、さまざまな症状を訴える人が増えました。アメリカのシックビルと同じ症状であったことから、日本では「シックハウス症候群」と呼ぶようになりました。
つまり、日本ではビルが原因の病気ではなく、家が原因の病気をいいます。
シックハウス症候群とは、どんな病気をいうのか?
「シックハウス」とは、その家の中でシックハウス症候群を発症した建物のことをいいます。
「シック」は病気ですので、つまり、建物自体が病気に罹った家をいいます。この病気の家に入った人がみんな発症するかというと、個人差があります。小ジョッキのビールで、すっかり酔ってしまう人もいれば、大ジョッキで何杯飲んでも平気な人がいるのと同じです。
大きなジョッキで飲み干しても平気な人は、化学物質が蓄積しても影響は少なく、発症しません。
けれど弱い人は、化学物質濃度の高い家に住むとてきめんに影響があらわれて発症してしまいます。
その人の体質と、化学物質の履歴によって、発症するかしないかが決まるといわれますが、アルコールが過ぎると肝臓などを悪くしてしまうのと同じように、大ジョッキといえども化学物質の蓄積を免れるわけではありません。
この蓄積には“長期被曝”と“短期被曝”があります。“長期被曝”は、大気汚染や、身の回りの化学物質、インスタント食品などによる食品添加物の摂取、煙草の吸引などによって、長期にわたって化学物質を蓄積している状態をいいます。この蓄積が進んだ人は、発症する可能性を持っています。
そうしてみると、現代人は、多かれ少なかれ蓄積しているわけで、誰もが発症する可能性を持っているということになります。これに対し“短期被曝”は、高濃度の化学物質を、ごく短期間に“被曝”し、発症した場合をいいます。
いずれの場合も、自分自身に蓄積量の目盛りがあるわけでなく、相手は目に見えない物質なので、日頃から化学物質に関心を持ち、ことに新築に際しては、高濃度な汚染空間を生むことを何としても避けなければなりません。つまり、予防医学することが発症を避ける必須条件となります。
それでは、シックハウス症候群の症状はどんな内容をいうのか。WHO(世界保健機関)は、次のような症状をあげています。
- 目(眼球の結膜)や、鼻の粘膜、喉の粘膜などがチクチクする症状。
- 唇などの粘膜の乾燥。
- 皮ふに紅斑、じんましん、湿疹などが起こる症状。
- 疲れやすい。
- 頭痛がしたり、気道の病気に感染しやすくなる。
- 息が詰まる。気道がぜいぜいする症状。
- 非特異的な過敏症になる。
- めまいや吐き気、嘔吐をくり返す症状。
この病気は、化学物質で汚染され症状が長引くことから、明らかに後天的なものです。しかし一度発症すると、特定の化学物質に触れると、ごく微量でも影響があらわれるようになります。
それまで日常生活で使っていたシャンプーや洗剤、スプレー、芳香剤、香水などに触れても再発するようになります。そこがシックハウスの恐いところです。
室内空気環境は目に見えません。温熱環境もそうですが、目に見えないデザインの方が「目に見える」ものより、居住者に与える影響という点で、かえって大きい場合があります。「目に見える」ものは取り替えれば済みますので……。
シックハウス症候群の原因となる化学物質
七輪を利用して炭を燃料としていた頃には、不燃焼による一酸化炭素中毒が問題でした。石油ストーブを用いるようになると、二酸化炭素などの燃焼ガスが空気を汚すようになり、現在では建築材料が部屋の空気を汚す原因になっています。
家を建てる材料には、たくさんの化学物質が含まれています。壁、床、天井、畳、塗料や接着剤(特にビニールクロスの可塑剤)、家具やじゅうたん、カーテン、ソファー、防ダニ加工、防蟻剤、抗菌剤などにも化学物質が含まれています。
生活用品の中にもたくさん含まれていて、電気蚊取器、殺虫スプレー、ヘアスプレー、香水、芳香剤、タンスに入れる防虫剤、ダニ駆除剤、シクラメンなどの花鉢の土のなかにも殺虫剤がたくさん入っています。
さらには、ファストフードなどの油脂、調味料、食品添加物や保存剤、保冷剤、各種洗剤、ドライクリーニングから戻った洋服(有機洗浄剤)、煙草から吐き出される気体や粒子の発生など、枚挙に暇ありません。
シックハウスで、まず取り上げられるのがホルムアルデヒドです。皮ふや粘膜に対する刺激が強く、呼吸器の障害を起こすほか、中枢神経障害の原因物質となり、発ガン性が指摘されています。
しかし、問題はホルムアルデヒドにあるだけでなく、ほかにもトルエン、キシレン、トリメチルベンゼン、ジエチルベンゼンなどの化学物質があり、その問題性が一体どこにあるか、分かっていないものが少なくありません。化学物質の数は、よく使用されるものだけで数万種を数えます。
化学物質過敏症
シックハウス症候群と化学物質過敏症は、どう違うのか?
シックハウス症候群は、原因となっている住宅を離れれば症状が消えますが、化学物質過敏症(MCS=Multiple Chemical Sensitivity)は、家族全員がかかることが少ないことと、その住宅から離れても、ごく微量の化学物質に敏感に反応します。どの程度かというと、ミリグラムでもマイクログラムでもなく、それより低いナノグラム(10億分の1グラム)からピコグラム(1兆分の1グラム)という量でも鋭い反応を示すといわれます。
この化学物質過敏症に、科学的に取り組んだのはアメリカ・シカゴの開業医セロン・G・ランドルフさんでした。ランドルフ医師の患者のなかに、原因不明の頭痛などの不調を訴える女性がいました。その患者と問診を繰り返すなかで分かったことは、風向きによって症状に違いが生じることでした。
この病気を化学物質過敏症と特定し、それが認められるまでのランドルフ医師の苦労は大変なものがありましたが、現実がそれを裏付けることになり、その努力は、やがてアメリカ臨床環境医学アカデミーの設立に結びつきます。
この疾患の特徴は、大量の化学物質に一度に接したり、少しずつではあるが長期に特定の化学物質にさらされると、ある時から、からだがその化学物質に過剰に反応するようになり、さらに、発端物質ではないほかの化学物質にも反応し、虚脱状態や記憶喪失、神経障害を伴う症状が生じます。
この疾患は個人の感受性差が大きく、同一化学物質環境にいても、過敏症を発症する人と、発症しない人が生じます。また、化学物質だけでなく電磁波・低周波音などの物理的負荷、ダニやカビなどの生物学的負荷、また精神的なストレスの影響などが因子になる場合もあり、これらの総負荷の結果の一つが化学物質過敏症の発症です。
戦争兵器と農薬、殺虫剤と
1990年の湾岸戦争後、帰還米兵に「湾岸戦争症候群」という症状が発症しました。戦争中に使用された化学物質から発症した化学物質過敏症の典型的な例とされます。
週刊『AERA』2006年9月19日号は、「子供たちの体と心、有機燐汚染が蝕む」という記事を掲載しました。この記事の冒頭、あるコメ産地に蔵に篭りきりになる子どもたちがいて、この異様な現象は有機燐農薬によるウツ病の多発によるものと報じました。記事はそれを、現代の「座敷牢」ではないかと報じています。
そしてこのような現象は、一部農村だけでなく、都市部にも生じていて、一時的な記憶喪失、ウツなどさまざまな神経・精神障害を伴っているとしています。
同誌は、この原因は有機燐化合物であることを、研究者たちの証言をもとに指摘し、その有機燐化合物は「1930〜40年代にドイツの巨大化学メーカー(旧IGファルベン)が開発した先端的殺虫剤、毒ガス物質で、サリンもその一種だ。第二次世界大戦後に戦勝国の米国が、その技術も含む文献類を没収した」と報じています。
有機燐化合物は、病害虫を駆除するための殺虫剤として世界中の農業、園芸、防疫などで広く使われています。『AERA』の「座敷牢」患者は農薬による影響とされていますが、日本の農薬の出荷量は年間約31万t(2002年)に達し、OECD(経済協力開発機構)の推計によれば、耕地面積あたりの農薬使用量は、日本が世界で一番です。
いたずらに恐怖心を煽ってはなりませんが、農薬、殺虫剤、除草剤は、公園、道路植栽、公共施設、個人の庭にも散布されています。
化学物質過敏症の症状
化学物質は、本質的には有毒なものであって、有毒でない利用法があるだけで、からだが受け入れる能力の限界、トータル・ボディーロードを超えた時、一気に症状がでます。
しかし、血液検査やパッチテストでは化学物質過敏症の患者であることを確認できません。人によって発症の有無、症状の軽重も異なり、症状を発現する値は低いレベルにあり、原因物質も体内から検出されにくい性質を持っています。
このため、微生物による感染症などと異なり、病気だということさえ他人に理解されがたく、重症に陥っているにもかかわらず、仮病や怠惰だといった謗りを受けたりします。
- 自律神経症状:発汗異常、手足の冷え、疲れやすい、めまい。
- 神経・精神症状:不眠などの睡眠障害、不安感、ウツ状態、頭痛、記憶力低下、集中力低下、意欲の低下、運動障害、四肢未端の知覚障害、関節痛、筋肉痛。
- 気道症状:のど、鼻の痛み、乾き感、気道の閉塞感、かぜをひきやすい。
- 消化器症状:下痢、時に便秘、悪心。
- 感覚器症状:目の刺激感、目の疲れ、ピントが合わない。循環器障害:心悸亢進、不整脈、胸部痛、胸壁痛。
- 免疫症状:皮膚炎、ぜん息、自己免疫疾患、皮下出血。
- 泌尿生殖器・婦人科系症状:生理不順、性器不正出血、月経免疫疾患、頻尿、排尿困難。
(『化学物質過敏症』石川哲・宮田幹夫 著 かもがわ出版 発行より)