まちの中の建築スケッチ

84

神奈川県青少年センター
——紅葉ヶ丘の前川國男作品群——

神奈川県青少年センター

昨年、わが国最初期の、前川國男設計による東京海上ビルが解体されるという話から、保存の可能性は無いかと、何度かシンポジウムが開催された。筆者も、景観と構造の視点から話題提供させてもらった。そして前川建築設計事務所の方達とお会いする機会が多くなり、その後は、集まった人たちで、「市民・建築NET」という組織もできた。建築の見学や説明が毎月のようにある。

8月には、現所長の橋本功氏からは、図書館・音楽堂・青少年センターなどからなる紅葉ヶ丘の前川國男建築群について聴く機会があり、訪ねることとした。建物が使う人々から愛されるかということが、建物の寿命とも大いに関係する。東京海上ビルなどは、東京海上日動保険会社の社員だけでなく、ビルを訪れる人にも愛されていたと思うのだが、会社の経済的理由、経営的理由のみで解体されるというのは、悲しいことだ。世田谷区庁舎も、残そうという声が少なくない中で、大半が解体される。

今回、事前の予習のもとで、紅葉ヶ丘を訪れた。なんとなく、学生時代に戻った感じのワクワク感もあった。JR桜木町駅北口を山側に出ると、旧東横線跡が、上は遊歩道になっており、下は舗道で雪国の雁木を思わせる。不要になった都市インフラを歩行者のために活用する良い例だ。国道16号線を跨ぐ紅葉橋から紅葉坂を上ると県青少年センターが現れる。今まで、海側の新しく開発されたみなとみらい地区を訪れることが多かったこともあって、山側は、むしろとても新鮮な領域だ。

以前も、弘前の前川國男作品群に接し、市民にとって建築が文化の発信の場となっていることを感じたが、それらより先に、神奈川県立図書館・音楽堂は1954年の竣工、その後、青少年センターが1962年、婦人会館が1965年に建てられている。現在の図書館は、西側の敷地に新しく本館として、前川建築を意識した奥野設計石井秀明の設計で2022年に建設されているが、旧図書館や収蔵図書館も現役である。さらに言うと、周辺のマンションのファサードも、前川建築が意識されているように感じられた。すぐ向かいにある、結婚式場の伊勢山ヒルズなどは、中世のゴシック教会を思わせるような外観もあったりして、それはそれで楽しい。加えて、道路である紅葉坂の舗装面も青少年センターの外装に使われているレンガ色の打ち込みタイルを思わせる仕様になっている。これには、横浜市のセンスを感じる。

広場(駐車場)に対して、3つの建物が大きすぎずに、ゆったりと配置され、コンクリートの打ち放し面が中心になっているものの、それぞれに少しずつ味わいがあって気持ち良い表情をもっている。図書館の北面の2階分通しの縦ルーバはすっきりした印象であるが、それは新本館にも同様な立面として踏襲されている。音楽堂の1階ホワイエは開放的で、側面は外部から見ると、まるで鉄骨造の様。正面もガラス面がけっこう大きく現れていて、他の建築とは異なるモダニズム表現になっている。

青少年センターは、正面のコンクリートの大きな庇と丸柱のピロティ空間は、1年前に建てられた上野の東京文化会館の縮小版だ。側面や背面に、レンガ色の打ち込みタイルが面として用いられているのも、打ち放しコンクリート面と対比的で気持ち良いアクセントである。

使い続けられる建築は、安心感があって心地よい。

著者について

神田順

神田順かんだじゅん
1947年岐阜県生まれ。東京大学建築学科大学院修士修了。エディンバラ大学PhD取得。竹中工務店にて構造設計の実務経験の後、1980年より東京大学工学部助教授のち教授。1999年より新領域創成科学研究科社会文化環境学教授。2012年より日本大学理工学部建築学科教授。著書に『安全な建物とは何か』(技術評論社)、『建築構造計画概論』(共立出版)など。