移住できるかな

4

からだと手道具は使いよう

西本和美 移住できるかな

紅葉が降り、さまざまなキノコが顔を出す頃、里山は何ともいえない静かな匂いに満たされます。思い出すのは上手くいったときのミミズコンポストの匂い。腐葉土の匂い、キノコの匂い……つまりは森の匂いです。
「冬の農家は何をしているの?」と訊かれることがあります。中山間地域の農家の多くは山林を所有しており、冬には山仕事が待っています。
谷間の一軒家に暮らす叔母夫婦も、杉・檜の間伐、クヌギやナラなど広葉樹の伐採に汗します。昔のように煮炊きの燃料が必要なわけではなく、椎茸栽培や炭焼き用です。炭焼きには大量の薪が必要ですが、枯れ木や細い枝葉まで残らず使いきる、まことに始末の良い山の営みなのです。

初めて薪割りをしました。えいやっと裂帛れっぱくの気合いで斧を振り下ろせば、パーンとまっぷたつに……などということはありません。何度も振り下ろす斧刃で、丸太は傷だらけ。力任せにじたばたするうち、斧の柄がポキンと折れました。いちばん必要な季節に斧を折った罪は重く、さすがにへこみます。
見かねた友人から、薪割りのコツを図解した画像が届きました。からだの構え方、力の入れ方と抜き方、所作のタイミング……ふむふむ、手道具を使いこなすにはコツがあるのですね。と、頭で理解しても、からだは思うように動きません。薪割りが上手になれば、きっと真剣白刃取りもできると思う。

薪割

炭焼き用の薪を割る。たまたま上手に割れたときは気持ちいい。

薪割り訓練の合間には、冬越しの野菜を植えたり、椎茸を収穫したり。ところで、この冬に収穫している椎茸は、2〜3年前に伐採して駒打ち(種菌を原木に仕込む作業)したほだ木(椎茸栽培の原木)から生えたものです。叔父の椎茸栽培は、ほだ木を立て並べてつくる原木栽培。かなりの重労働です。
なにしろ叔父は、伐採した木は根元から先端まで余さず使う主義。ほいと手渡されたほだ木の重さに耐えきれなければ、ぎゃっと潰れてしまいます。叔父は、私の潰れ具合を見極めながら、「あぁ、だめか」とか「大丈夫、腰で持て」とか指導してくれます。潰されないようもがくうちに、自分のからだを上手に使うコツのようなものを見いだします。

ある日、ほだ木を立て並べる作業を任せてもらいました。自分の体重を越える重いほだ木を扱うコツは……まだ分からないので気合いで乗り切るしかありません。「ていっ(蹴り転がす)」「とりゃ〜(引きずる)」「んぎゃ〜(立て起こす)」……静かな林間に、あらぬ叫びがこだまする。ときどき「キョーーン」と鹿の返事。もうへとへとです。
己の力不足を棚上げに、「叔父さん、女子供でも手伝えるように、今年つくるほだ木は細いのだけにしてっ」と叫びました。

著者について

西本和美

西本和美にしもと・かずみ
編集者・ライター
1958年 大分県生まれ。武蔵野美術大学基礎デザイン学科卒業。住まいマガジンびお編集顧問。主に国産材を用いた木造住宅や暮らし廻りの手仕事の道具に関心を寄せてきた。編集者として関わった雑誌は『CONFORT(1〜28号)』『チルチンびと(1〜12号)』『住む。(1〜50号)』。