びおの珠玉記事
第113回
過去の記録を将来の予言に
※リニューアルする前の住まいマガジンびおから珠玉記事を再掲載しました。
(2011年03月26日の過去記事より再掲載)
物理学者・随筆家の寺田寅彦(1878〜1935)の有名な言葉に
「歴史は繰り返す。法則は不変である。 それゆえ過去の記録はまた将来の予言である」
というものがあります。
今回の東日本大震災は、今もなお行方不明者や避難所生活を余儀なくされた人が多く、
また、私たちがはじめて経験する原発災害は、全く予断を許さない事態です。
まだ「過去の記録」というにはあまりにも早い、現実に進行している災害ですが、今回も、東日本大震災と防災について考えます。
原子力災害は別物
寺田寅彦は、
「ものをこわがらな過ぎたり、こわがり過ぎたりするのはやさしいが、正当にこわがることはなかなかむつかしい」
という言葉も残しています。
放射線による被害は、「見えない被害」「風評被害」「未来への恐怖」などの点で、通常の災害とはまったく異なるものです。
俗にいう「サバイバル技術」の多くも、放射性物質の前にはあまり役に立ちません。
「正当にこわがる」ことが、果たして出来るのでしょうか。
このような事態を二度と起こさないよう、「将来の予言」としなくてはなりません。
原発については、危険性を指摘する文献も多数あり、ここではそれぞれには触れません。
一方で安全を言い続ける向きもありますが、このような事態が起こっている以上、もはや「安全」をまともに捉えることは難しいでしょう。
本当に原発がないと日本のエネルギー問題は解決できないのでしょうか。
エネルギー白書2010によると、発電設備容量は2009年の段階で20.2%が原子力によるものです。(以下グラフはエネルギー白書2010より)
一方で、発電電力量は29.2%が原子力。俗にいう「原子力が3割」というのは、こちらの値です。
1970年代には総発電電力の半分以上を占めていた石油による火力発電は、現在ではピーク対応電源に移行しており、原子力発電の増加にしたがって減少しています。
例年とも、発電設備容量に対して、総発電量は半分か、それより少ない量で推移しています。
発電設備容量は、あくまでもその設備がフル稼働したときの発電能力であり、常時100%で稼動しているわけではありません。
点検・保守や、事件・事故による運転中止などによって稼動していない設備もありますし、電力は貯めておくことができませんので、ピークにあわせた稼動をします。
しかしながら、原子力発電は一旦運転すると出力調整が難しいため、ピークに構わず発電し続ける電気を「深夜電力」として安価に販売してきました。
このグラフから見られるように、深夜・早朝の時間帯は、かつてはピーク時のおよそ半分の電力が使われていましたが、2000年以降は深夜・早朝の時間帯でも半分までは減らないようになっています。
夜型生活が進んだとも言えますが「深夜電力」による電力需要の底上げも一端を担ったと見てよいでしょう。
数値上は発電能力を持ちながらも、震災の被害をうけなかった火力発電所も、休止中で設備の稼動に時間がかかったり、燃料の調達の問題を抱えるなど、簡単に発電能力を回復出来ずにいます。
東海地震による被害が懸念される浜岡原発のある静岡県の川勝平太知事は、3月24日の朝日新聞で、「原発依存からかじを切れ」として、
「原発の安全性が大きく揺らいだ今、エネルギー政策を根本的に見直し、原子力依存から脱却する方向に舵を切らなくてはなりません」
とした上で、長期的には太陽エネルギーなどの自然エネルギーに移行を目指すものの、短期的には、人助けの観点からも停止していた浜岡原発三号機の稼動を容認するとの考えを示しました。
エネルギーのベストミックスを見極めながら、脱原発にソフトランディングする、という考えです。
今回の震災では、危機にありながらも、日本人の落ち着いた行動が海外で高く評価されたといわれています。
日本は唯一の核被爆国でもあり、また平和憲法を持つ国でもあります。
この事故を受け止め、原発を廃止の方向にすすめ、エネルギー多消費型生活からの転換を図ること、自然エネルギー利用に真剣に取り組むことこそ、低下した日本の国際的地位を回復する方策ではないでしょうか。
先人の警告を伝え継ぐこと
三陸には、津波被害を警告する石碑が多く見られます。
この石碑には、
明治29年にも昭和8年にも浪は此処まで来て部落は全滅
僅かに前に二人後ろに四人のみ幾歳経るとも要心あれ
という言葉が残されています。なんとも痛切な警告です。
こうした先人の教えはいきなかったのでしょうか。
「津波と防災(山下文男著・古今書院)」は、
「失敗した住宅の高所化」の項目で、この件に触れています。
明治三陸津波の被害の後に高所化が進まない理由として、
「海岸近くに住んでいなければ家業である漁業が成り立たない、生きていけないという実生活上の都合に加えて、先祖代々の屋敷に対する思い入れと執着」
という理由と、加えて「そうたびたび津波被害があるものではない」、という意識をあげています。
指導者に先見の明がある一部地域では集団的高所移転を試みたものの、吉浜村を除いて全体的には不成功に終わり、三陸の村々の多くは元の低地に再興することになり、そして37年後、昭和三陸津波で惨劇を繰り返すことになってしまいました。
昭和三陸津波の被害においては、明治三陸津波の浸水線より高いところへの住居移転が、行政の方針として明示され、今度は集団移転に成功しています。田老のような移転する高所のない場所では、堤防の建設という選択をとり、これは後に「万里の長城」と呼ばれるような巨大堤防となりました。
それでもまた、大きな被害が起きてしまったのです。
悲しい被害の中、「釜石市内の小中学生の避難率100%近く ほぼ全員が無事」というニュースもありました。
津波が警戒される地域に限らず、子どもはしっかり避難訓練をしているけれど、大人は何もしていない、という地域は少なくないのではないでしょうか。
三陸に限らず、子どもに大して、「子どもが積極的に避難をすれば、家族(大人)もついてくるから、とにかく逃げるように」と教えているところもあります。
地域でも防災訓練を行っていますが、こうした催しに参加する人は、どうしても固定されがちです。一部の熱心な人と、学校で参加させられた児童・生徒、という構図になりがちです。
「常連さん」だけでなく、より多くの人、特に緊急時の避難が難しい高齢者や病人を家族に持つ家こそ、こうした地域防災に積極的に参加し、有事の際の心構えや近隣との協力体制を整えておくことが望まれます。
上に挙げた避難訓練のように、いくつかの例は出ているものの、被害をどれだけ軽減できたのか、あるいはそれすら役立たないほどのものだったのかは、これからの検証をまたなければなりません。
結局のところ、防災はハードウェア(堤防、避難場所等)とソフトウェア(避難場所の熟知、避難時の心構え等)の双方が機能しなければ、どちらかだけで安心です、ということはありません。
各自治体のハザードマップは、今回の災害を受けて見直しが検討されているものが多いようですが、そうした情報を含めて、備えを怠らないこと、忘れないことが、「歴史は繰り返す」ことへの備えです。
(今回の災害を受けて、各自治体でハザードマップの見直しが検討されています。リンク先のハザードマップも更新されていく可能性がありますので注意してください)
https://disaportal.gsi.go.jp/
防災と情報
この震災の起きる少し前は、「Yahoo!知恵袋」を使ったカンニングがトップニュースでした。ジャスミン革命と呼ばれるチュニジアに端を発した民主化運動も、Facebookが威力を発揮したといわれています。
2010年には、WikiLeaksによる機密文書の公開や、海上保安庁保安官によるYoutubeへの動画投稿など、ネットを使ったさまざまな事件が話題になりました。
マスメディアでは、ともすればネットが悪者、悪い事に使われた、というように取り上げられがちですが、むしろ、ネットがあるのが当たり前になったので、良い事にも使われているし、当然悪い事にも使われるようになった結果と言えるでしょう。
今回の震災では、ネットの良さと悪さもモロに出ていました。
共著に「ダメ情報の見分け方」がある評論家の荻上チキ氏が、自身のブログに一連のデマをまとめていました。
同様のデマは、おそらく阪神淡路大震災のときも、そして関東大震災のときにもあったでしょう。
ただ決定的に違うのは、デマの伝搬速度と範囲、そしてその結果です。
「拡散希望」とついているとむやみにリツイートする人もいて、真偽の程を確かめずに情報を垂れ流すケースが本当に目立ちました。
もちろん、twitterによって助かった人、救われた人も多いことでしょう。しかし、本当に必要な情報が、ダメ情報に紛れてしまうケースも相当にあったように思えます。
一方で、上記のサイトのように、デマを打ち消そうとする力が働いたのも、現代のデマの特性かもしれません。
また、関東大震災で起こった虐殺のような、デマに起因しての行動を伴う悲劇は、今のところ大きく報じられていません。
むしろ、原発報道による、あるいは報道されないことによる救助・支援の手が届かないことのほうが問題といえるでしょう。
震災直後から携帯電話の音声通話はつながりにくくなったものの、twitterやfacebook、mixiなどで安否確認や連絡ができて助かった、というケースも多くあるようです。
情報の受け取り方、発信の仕方も、訓練をしておかなければいけません。防災放送や緊急地震速報等と並んで、こうしたツールは今後一層活用されるでしょう。それ故に、デマを信じない、流さないことが重要です。
起こってしまったことに
地震や津波で家屋を失ってしまったら、どうすればいいのか。
現在、住宅ローンを借り入れる際には、火災保険は必須となっています。しかし、火災保険では、地震を原因とする火災は補償されません。
地震保険では、地震による倒壊、火災の他にも、津波で噴火による被害も補償の対象となります。
阪神淡路大震災以降、地震保険の契約は増えているといわれていますが、2009年末の加入率は、新規の火災保険の契約者の46.5%と、およそ半分程度。全体の加入率は、全国平均で23%、およそ4件に1件ですが、今後は地震保険の加入を検討する人が増えるでしょう。
地震保険による補償は、最大で火災保険の契約金額の半分までで、かつ時価評価です。
このため、家が全壊した際に建てなおす金額がすべて補償されるわけではありませんが、生活再建のために大きな手助けとなります。
地震保険は都道府県によって金額が異なり、最も高い東京・神奈川・静岡は、安い地域の三倍以上の保険料です。また、住宅の耐震性によっても費用が変わります。
自宅が倒壊してしまった等で避難を余儀なくされた場合の保険も登場しています。
鳥取県智頭町では、自治体としては初の疎開保険を開始します(震災前から発表されていたものです)。
日常時には、地域間交流・商流のきっかけとし、万一災害がおこった場合は避難場所と食事を提供するというものです。
備えあれば憂いなし、といいますが、今回の震災では、想定外、という言葉でその備えが打ち砕かれた感があります。
あらためて、
「過去の記録はまた将来の予言である」
「正当にこわがることはなかなかむつかしい」
という言葉をよく噛み締めて、確かで節度ある対策を取りましょう。