びおの珠玉記事

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ホタルイカの話・富山の蛍いか漁

※リニューアルする前の住まいマガジンびおから珠玉記事を再掲載しました。
(2009年04月05日の過去記事より再掲載)

ホタルイカと親子

ホタルイカの「身投げ」を見学していた親子連れ

謎に包まれたホタルイカの生態を調べました。

ホタルイカの生態は謎に包まれていました。 しかし、最近は研究が進んで、

  • 寿命が1年であること
  • 一回数千個の卵を産むこと
  • 回遊を行うこと
  • 昼深いところにいて、 夜浅いところに移動すること (昼夜深浅移動)
  • 小さなうちは海の表層にいるが、 成長すると昼に潜る深さが深くなること

などが、段々とわかってきました。
ホタルイカは、正式には「ツツイカ目 ホタルイカモドキ科に属するイカの一種」とされます。ふだんは水深200〜1000mの深海にすんでいますが、産卵期になると浅海に雌が上がってきて回遊します。
細長い円筒形の外套(がいとう)をまとっていて、長さは5〜6cm位。外套膜上の発光器はおよそ800個あり、ほかに眼のまわりに5個、また腕の先端に大型の発光器が3個あります。この発光物質の組成が明らかになるまで、半世紀以上の月日がかかっています。深海性発光動物であるため、生態や生活史に多くの謎が秘められているからです。

ノーベル化学賞を受賞した下村脩さんとホタルイカ

獲れたてのホタルイカ
元魚津水族館長・坂下顕(さかしたあきら)さんによると、ホタルイカの発光装置は、栄養や酸素を補給する血リンパ管と、収縮、伸張等の刺激を伝える神経組織からできていて、光学的にも実に精巧な組織構造を持っているそうです。
坂下さんの研究によれば、ホタルイカが「生存中発光し続けるためには、発光物質が連続して発光器中で生成されているか、あるいは他の臓器で作られた発光物質が連続して発光器に送り込まれていなければならない」とされます。「各発光器、胴、頭、腕、内臓等の詳細な化学的検討から、肝臓中に発光物質の前駆体オキシリシフェリンと考えられる物質が多く含まれていることが」分っています。
この魚津水族館に、ノーベル化学賞を受賞した下村脩(米ボストン大名誉教授)さんが、ホタルイカやウミサボテンの発光物質を研究するため幾度も訪れています。そのときのことを、坂下さんは「温厚な人柄で、まじめで研究一途という印象が強い。悪天候の日は朝早くから水族館の一室にこもり、夢中になっていた」とノーベル賞受賞を祝う談話(北日本新聞)のなかで語っています。下村さんが米国プリンストン大発光生物研究室主任研究員当時のことで、昭和40年代のことです。
坂下さんによると、下村さんはホタルイカ漁のシーズンになると市内の旅館に1〜2週間泊まり込み、生きたホタルイカから発光腕を切り取って米国に持ち帰り、発光物質を研究したといいます。坂下さんは当時、ホタルイカ採取の手伝いで下村さんに協力し、「一緒に朝早く漁船に乗り込んでホタルイカを採取しては、水族館で発光腕を切り取った。下村さんは本当にまじめで研究熱心だった」と振り返ります。
下村博士は、発光クラゲの体内から、緑色に光る蛍光たんぱく質を世界で初めて発見し、それによって生命科学の研究に飛躍的な発展をもたらしたことが評価され、ノーベル賞を受賞しました。アルツハイマー病の発症やがんの転移のメカニズムの解明など医療の研究にも役立てられるそうです。発光クラゲと何がどう関係しているのか分りませんが、ホタルイカの発光の生態的解明もまた、生命科学の研究に結びつく日がくるかも知れません。

ホタルイカの漁獲高は、富山湾が一番ではない?

ホタルイカといえば富山湾、それも滑川(なめりかわ)港と思っていましたが、山陰・若狭沖の「底曳網(そこびきあみ)漁業」によって、漁獲高1位の座を奪われていることを知りました。現在、兵庫県(山陰)が富山県を抜いて首位の座にあります。
ホタルイカは、日本海では朝鮮半島東岸から佐渡島周辺にかけて、また太平洋側は中部地方から東北地方沖にかけて広く分布していることが分っています。兵庫県や若狭でホタルイカ漁が盛んになったのは、カニを獲れなくなった底曳網漁師たちがホタルイカを獲るようになったからです。
町の居酒屋のメニューにホタルイカが載るようになったのは、そんな事情があるからかも知れません。
しかし、底曳網のホタルイカは、定置網のものと比べると、間違いなく鮮度において見劣りします。底曳網漁は、漁場と陸揚げ港との距離が遠く、底曳網の中で海中をしばらく曳ひき回されるからです。
これに対し、富山湾の定置網漁は、定置網から手で丁寧に上げますので、ホタルイカが傷つきません。漁場と港の距離は2キロに過ぎません。


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400年続く、藁網を用いた定置網漁

この定置網漁は、今から400年前の天正13(1585)年、滑川の四歩一屋四郎兵衛が縄で作った藁網でとったのが初めてといわれます。そしてこの藁縄を用いたやり方は、驚くべきことに、今のやり方に通じています。
定置網の目の大きさは30〜60センチと広く、体長5cm前後のホタルイカなら、容易にすり抜けそうに見えます。しかし、藁が海水でふやけるため、網の目は小さくなり、ホタルイカには、それがそびえ立つ壁に見えるそうです。ホタルイカは障害物にぶつかると沖へ逃げる習性があり、自然と網の奥へ誘い込まれるというわけです。ベテランの漁師によると、「藁がホタルイカが好む音や泡を出す」と言う説もあります。
藁網は、海水を含むと自重で沈み(早く沈めるため石の重しをつけますが)、安定感があり、潮の流れにも強いといいます。

藁網と大きな石

藁網につける重し

化学繊維の網を試したことがあるそうですが、藁網では豊漁だったものが、化学繊維の網を用いたところ漁獲量はさっぱりでした。この藁網は射水市久々湊の折橋商店が製造していて、従業員十人が慣れた手つきで荒縄を結び、円を描くように網の目を作っていきます。
漁港にはひも状で運び込まれ、まだ網の形にはなっていません。漁が始まる一カ月ほど前から漁師みんなで結わえ、網に仕上げるそうです。漁が解禁される3月から沖合200メートル〜3キロに定置網を仕掛け、五月末まで産卵のため浅瀬に上がってきたホタルイカを獲ります。この藁網、ホタルイカ漁が終わると、そのまま海に沈められます。水中で藁は腐り、小魚が好む微生物やプランクトンを生みます。最近の研究では、藻場が少なくなった海底で魚礁の役目を果たしているという報告もあります。

漁船

ホタルイカの身投げ

3000m級の立山連峰から、水深約1000mの富山湾まで、高低差4000mにもおよぶ富山県のダイナミックな地形は、海岸沿いには浅い部分がほとんどなく、急に海底に向かって落ち込んでいます。この海谷の多いすり鉢形の海底から湧昇流に押し上げられ、また「寄り回り波」の影響を受けて、渚に寄り過ぎたホタルイカが浜辺に打ち上げられることがあります。暗い浜辺に燐光の宝石の転げまわるのに似ていることから、人は、いつしかそれを「ホタルイカの身投げ」と呼ぶようになりました。
浜辺は、たも網を持った人達で賑わい、岸へ泳ぎ寄ってくるのを掬いあげ、「身投げ」したホタルイカを手でつかむ人もいます。歓声があちらこちらで挙がります。

定置網漁を見に行くツアーが組まれています。

ホタルイカ漁は6月いっぱいまで行われます。
4月11日から、漁を見学できる「ホタルイカ海上観光」が始まります。
ホタルイカ漁の観光船が港を出るのは午前3時まえ。富山市から30~40分の滑川という漁港に2時半に集合します。
100人ほどが2隻の観光船に分かれて乗り込みます。15分ほどで漁場に着きます。滑川の定置網は、2隻1チームで分担して引き上げては戻す、という作業を繰り返します。

見学ツアーは、それを間近に見学することができます。というより、水揚げされてくるホタルイカの発光は、青白い輝きが揺らいで、ホタルが飛んでいるというより、まるで仕掛け花火をみているようにきれいです。観光船の電灯が消され、漁船の灯りも消されると、青白い星がたくさんうごめいているように見えます。
こんなに獲って大丈夫かと心配されますが、一つは獲られるものの割合は、湾内にいるものの2割程度であること、二つ目は産卵後なので、次の年に向けて卵は海に残ることです。つまり、富山湾のホタルイカ漁はサスティナブル(持続可能)な漁業なのですね。

富山の蛍いか漁

2009年、ホタルイカ漁が解禁されたのは3月1日でした。
ホタルイカの漁は定置網によるもので、沖合約2〜3キロに仕掛けられます。初日の水揚げは171キロ、4月中旬の最盛期を目指して、順調なスタートが切られました。
訪問したこの日(3月20日)は、小雨が降り、風もでてきて、ホタルイカ漁のコンデションとしては、あまりよい日ではありませんでしたが、この日から連休ということもあり、港には東京から駆けつけた家族連れや、地元の若い衆が港近くの駐車場に車を止めていました。地元の若い衆に、「具合はどうですか」と聞いたら、すでに漁を終えていて、「見ますか」といってビニール袋に入ったホタルイカを見せてくれました。結構、入っていました。東京からの家族連れも寄ってきて、子どもたちはキャーキャーと声を上げます。
若い衆に聞いたら、網ですくって取ったといいます。「このあたりにも寄ってくるんですか」と聞いたら、「ホタルイカの“身投げ”ですよ」といいます。

富山湾の春を告げるホタルイカ漁と、神秘的な青い光を放つホタルイカの生態、ホタルイカの“身投げ”はどうして起こるのか、ホタルイカのおいしい食べ方などを「びお」特集で追いました。

ハレの日の一品

ホタルイカの塩辛「うみあかり」

小さなホタルイカのワタをひとつずつ取り除いて漬け込まれた手づくりの塩辛です。
柚子味、磯味、辛子味の三種類。
磯味は、いわゆる「普通の塩辛」っぽい味。柚子味は、塩辛としては変わった味ながら、クセになります。

富山県滑川市 「海老源」
https://shop.ebigen.jp/

ホタルイカは踊り食い出来ない?

獲れたてのホタルイカを湯にさっと通して酢味噌で食べると、甘みが口中に広がります。
ほかに甘露煮、黒作り、塩辛、串焼きなど、さまざまな味の愉しみ方があります。なかでも足だけを使ったお刺身「竜宮そうめん」は贅沢な珍味です。
富山では、古くより食されてきた食材だが、地元では決して生では食べません。ほんとうは新鮮なホタルイカを、踊り食いしたいところですが、ホタルイカには、旋尾線虫(せんびせんちゅう)というやっかいな寄生虫が内臓に潜んでいます。命に関わるほど危険ではないといわれますが、避けたいところです。安全に食べるには、十分な加熱またはマイナス30℃以下で4日間以上の冷凍が必要とされます。
しかし、刺身で食べられないかといえば、地元で食べさせる料理屋がありました。「海老源」というホタルイカの専門料理店が滑川にあり、ここでは新鮮なホタルイカを丁寧に捌いて、ふぐのてっさのように、薄い身が円形のお皿いっぱいに配され、それをタレに付けて食べます。まあ、ぜいたくな食べ方ですが、ヤリイカやアオリイカ、アカイカなどと比べると、まず身が薄いこと、そして甘い香りがすることなど、新鮮なホタルイカならではのものです。