農的な暮らしがつなぐ「私たちの都市計画」
「ていねいな暮らし」に憧れる向きが強まる中で、自然の恵みを実感できる農業に関心を寄せる人たちが増えてきました。積極的に園芸やベランダ菜園、地方移住などして自給自足を志向する20-30代の若者も目立ちます。
植物を育て、収穫物を共有することで、まちや人とのつながりを築いている人びとや活動があります。そこにある工夫や意味を探る中で、ゆたかな生活の輪をつなぎ、一人ひとりの生活から紡ぐ「都市計画」のありようも見えてきました。
Vol.5 まちの人たちと始めた景観づくりから生まれたこと
ひとつのプランターから変わるまち
エディブルウェイは、まずは研究室の学生たちが一軒一軒訪問して、プロジェクトの説明をし、賛同いただいたお宅6軒ほどに置かせてもらうところから始まりました。
はじめは受け入れてもらえるのか不安がありましたが、快く引き受けていただくことができました。住民の方とお話ししているうちに、同じエリアにあるコミュニティガーデン「戸定みんなの庭」の10年にわたる活動が、住民のみなさんと学生をつなぐ役割を果たしてきたことがわかりました。
私たち自身も、園芸学研究科とはいえ、植物そのものの研究をしている研究室ではないので、同じように発見することばかりで、長年、地先園芸に勤しんできた住民の方たちから多くの知恵を教わりました。
育て始めてから1年半。エディブルウェイのプランターからは、当初は思いもよらなかったいろんな発見や展開がありました。
エリア内にある園庭がない小規模の保育園が参加してくれています。園児たちがプランターへの水やりをして、毎日植物を観察しています。育てた野菜は食べるだけではなく、野菜スタンプにしてクラフトづくりにも使ったり、去年は、プランターのニンジンでアゲハチョウが生まれ、幼虫からチョウになるまでを観察し、近所の公園まで、放蝶に行ったりもしたそうです。先生たちも「いろんなことが起こるんですね」と驚きながら、その時々で子どもたちとプランターの中の小さな自然を楽しんでくれています。
エディブルウェイの道沿いにある空き家の雨戸では、黒板アートを描き始めました。イラストレーターのやまわきともこさん、研究室の学生たち、地域の子どもたちがエディブルウェイのプランターを観察して、定期的に絵を描いています。プランターという小さな自然ながら、子どもも、大人も学ぶことが多く、観察での発見や驚きが黒板に描かれ、みんなで共有することができています。
大学の留学生にも人気のパン屋さん「ブーランジェリー・ラ・マシア」さんも参加者のひとり。普段はご家族で収穫した野菜を食べているそうですが、昨年の夏に2日間だけ限定で収穫したトマトを使ったパンが店頭に並びました。定番になるには、野菜の収穫量に課題が残りますが、身近で育てた野菜がこのように使っていただけたことで、将来的にローカルフードの可能性が広がりました。
参加者である佐伯くに子さんは、ご自宅でパッチワークやつるしかざりの教室を開いています。教室では、佐伯さんがつくったお昼ご飯をみんなで食べます。佐伯さんも地先園芸の達人であり、庭で育てた野菜を食材にしています。エディブルウェイの野菜も、食卓に並びました。
私も普段のお教室にお邪魔して、いろんな世代の方とお話をしたり、作品を見せていだき、とても楽しく学び多い時間を過ごしています。この春には、展示会にも参加させていただき、エディブルウェイチームは、野菜のつるしかざりをつくりました。
エディブルウェイが変えた暮らし
お揃いのプランターで育てて関わり合いを持つことで、それまで知ることのなかった地域の方たちの知恵やつながりに気がつくことができました。エディブルウェイは、コミュニティのつながりだけではなく、地域の食や学びの場としての可能性も広がっています。
何より、私たち自身の変化が一番大きかったかもしれません。私にとって、何の愛着もなかった駅から大学までの1kmの道が、気にかかる愛着のある道になりました。歩いて15分ほどの道のりは、エディブルウェイを始める前は苦痛でしたが、いまでは、歩いていると必ず顔の知った誰かとすれ違い、プランターの変化についてや季節の移り変わりのことを話す楽しい道になりました。たまに、晩ごはんにとおかずを持たせてくれるお母さんのような方もいます。まちのためにありがとうと声をかけてもらえることもありますが、今のところ、サポートされているのは私たち学生側であることを、皆さんから気にかけていただいている留学生との会話の中でも感じます。プロジェクトはまだ始まったばかり。この活動が根付くように、地域の方と、こつこつ育てていきたいと思っています。
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5回にわたり、植物を介したコミュニケーションや、一人ひとりが植物を育てることで豊かな生活環境を育む一助となる事例を紹介しました。建築家の故・津端修一さんは、ご自身の生活実践を「新しい世代に豊かな生活の輪をつなげようとする」「なつかしい未来の都市計画」と表現しています。
暮らしの中で小さくとも自分の手で生活をかたちづくり、その楽しさを共有できる活動をつなぐことは、一人ひとりの生活から描き出す「私たちの都市計画」と言えます。こつこつと日々を重ね、“ときをためる”環境を育くむことができるのは、そこに暮らす生活者の強みでもあります。植物を育てることに限らず、私たちの身の回りには、生活の輪をつなげる活動やそのヒントがあるのではないでしょうか。
私もその輪を広げる一人でありたいと改めて強く思いました。
(おわり)