まちの中の建築スケッチ

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アサヒビール本社ビル
——造形としての建築——

アサヒビール本社ビル

首都高速道路を車で走っていると、都心の景観が目に飛び込んでくる。中でも6号線は、墨田川沿いで直線的な高架部になっており、春には堤防の桜並木を上から眺めることができる。反対側には、1989年に異様な造形が現れた。アサヒビールの本社ビルは四角いビールジョッキのようである。外壁ガラスがビール色をしており、頂部は泡のごとくキラキラしている。そしてその横には、ホールが黒い台座のようになっていて、その上に黄金の火の玉が載っているのだ。
建築家フィリップ・スタルクを知ったのは、建築学会の建築雑誌で編集委員をしていたときに、小規模であるが面白い形状の白金台の鉄骨オフィスビル「ユーネックス・ナニナニ」を「構造パースペクティブ」で紹介することとなり、造形性を強調した建築の鉄骨構造骨組みの例として取り上げたときである。アサヒビール本社とほぼ同時期にあたる。
隣地は墨田区役所になっており、また川と反対側の一画には、再開発で建てられたとおぼしき超高層のマンションもある。広場も気持ちよい広さで、レベルも形もさまざまに構成されている。火の玉のオブジェは見上げないと気づかない造形ではあるが、なかなか面白い空間である。都営浅草線の本所吾妻橋の駅から歩いて5,6分。周辺はもともとの下町の雰囲気が残っており、小さなビルが高密度に建て込んいて、空がさえぎられ、近くに来るまではほとんど目に入らない。
雨がちの朝であったが、幸い、吾妻橋の下流側の首都高の下は、幅の狭い公園になっていて雨に当たらずにスケッチすることができた。橋を渡ると浅草になる。小さなビル群の現代の下町の中、川べりに現代建築の異質な空間が作られたという強いインパクトがある。
建築には、強・用・美が求められるというのが基本であるが、多くの建物が、用のために必要とされ、あとはなるべく経済的ということで建てられている中で、アサヒビール本社とホールは、造形芸術としての狙いの強い建物である。1980年代のバブル経済の中で、面白い建築を作ることが許されたという時代性も感じられる。バブル崩壊後は、あまりこういった強烈な造形性を許容する建築主がいなくなったようにも思われる。
都市の広場には、パブリック・アートとして彫刻作品が置かれる例は少なくないが、建築自体がパブリック・アートになって、広場空間に味わいを持たせてくれている。