“Families” on the move
移動する「家族」の暮らし方
第7回
離れて暮らす「家族」をつなぐカレンダー
大学を拠点に活動していると、4月にさまざまなことが新しくなる。桜が咲くキャンパスには希望に満ちた新入生があふれ、制度や科目が変わる。長く在籍している教職員や学生でも、4月になると気持ちがリフレッシュするという人は多いだろう。新年度を迎えるにあたって、私は関わっている大学から3つのカレンダーを共有された。1つは、学生として在籍する大学院の学事日程が書かれたもの、残りの2つは非常勤講師として勤務する大学の授業日程が書かれたものだ。それぞれの大学が作成したカレンダーを見れば、教職員や学生、会ったことのない人も含めて大学に関わる多くの人と、共通の理解を持って行動することができる。カレンダーは、人をつなぐ。どんなカレンダーを使っているかを見ると、その人の暮らし方や、その人が属している「集まり」がどのように動いているかが見えてくる。
2年前の調査でのインタビュー中に、相手の暮らし方を知るためにカレンダーを使おうとした時に、はっとさせられたことがあった。インタビューの相手は、ネパール出身のビバスさんだ。以前この連載記事で紹介したビサールさんの義理の弟で、都内で定食屋を営んでいる。ビバスさんは、15年ほど前、20歳を過ぎてすぐの頃に日本に移住した。日本語学校と旅行の専門学校で勉強し、いくつかのアルバイトや仕事を経験した後、定食屋を始めた。小学生の頃に、JICA(独立行政法人国際協力機構)からネパールに派遣されて来た日本人が、学校にトイレを作ってくれた。それを見て、日本人は礼儀正しくて技術を持っていると感銘を受けたことが、日本に移住しようと思ったきっかけだ。インタビュー当時、ビバスさんは妻と娘と3人で暮らしていた。ネパールに、両親、兄、姉、妹とその家族、そして多くの親戚がいる。弟はアメリカに住んでいる。
ビバスさんは、離れて暮らす「家族」と、スマートフォンを使って日々連絡をとりあう。Skype、Viber、FacebookのMessengerを使うことが多いが、ネパールで停電が起きて相手がインターネットを使えない時は、固定電話で連絡する。私は、ビバスさんが、いつ、どのようなタイミングで、ネパールやアメリカに住む「家族」と交流しているのかを知りたいと思った。そこで、ビバスさんにマンスリーカレンダーを渡して、交流の記録をしてもらった上で、インタビューをしようと考えた。マンスリーカレンダーは、近所の無印良品で購入した。ところが、そのカレンダーは全く役に立たなかった。カレンダーを見たビバスさんは開口一番、笑顔で「今日はネパールでは、2072年12月20日です」と言った。
不勉強な私は、一瞬ビバスさんが冗談を言っているのかと思ったが、そうではなかった。ビバスさんは、意味を理解できなかった私に丁寧に解説してくれた。ネパールでは、西暦ではなくビクラム暦と呼ばれる暦が使われていて、人びとの生活はビクラム暦のカレンダーをベースに営まれているのだ。ビバスさんは、日本での日々の商売や生活には、西暦のカレンダーを使う。しかし、それだけではネパールの「家族」とのつながりを維持するには不十分だ。大切なネパールの祭りやお祝いの日に、海の向こうで暮らす「家族」に連絡をとるには、ビクラム暦のカレンダーを確認しなければならない。ビバスさんのスマートフォンには、「ネパールカレンダー」というアプリケーションが入っている。このカレンダーを毎朝必ず確認する。日付を入力すると、西暦からビクラム暦、ビクラム暦から西暦に変換できる機能もある。ビバスさんは、西暦とビクラム暦のふたつのカレンダーを行き来しながら暮らしている。私は自分が使っている西暦のカレンダーが「あたりまえ」だと思っていた。何の疑いも持たず、自分が慣れ親しんだカレンダーを使って、ビバスさんの暮らし方を調査しようとしたことを反省した。カレンダーや暮らし方の多様性を学んだ1日だった。