パリはなぜ歩きやすい?

ところかわれば

森弘子

パリはニューヨークや東京に並び世界有数の大都市のイメージがあります。でも実は意外とコンパクトで、街歩きによいスケールです。面積は環状道路で囲われた20区では86.99m2(東のヴァンセンヌの森と西のブーローニュの森を除く)で、東京都23区の626.7km2と比べるとかなり小さいことがわかります。個人的には街歩きが好きで、気づくとかなりの距離を歩いているのですが、パリの街並みは賑わいも切れることがなく飽きないので、よく外出先からパリの中心地にある家まで歩いて帰ってしまうこともあります。

パリの街を歩きやすくしているのは、途切れない賑わいと、歩行者に配慮した道路構成にあると考えます。パリではどんなに細い道でも、歩行者のための歩道が確保され、安全に歩くことができます。あまりにも細い歩道では、人がすれ違うことができないので、車道に降りたり、広い歩道で少し待ってお互いに譲り合います。また、両方向の道路の一方を潰して歩道を拡幅したり、自転車道を整備したり、以前記事にも書きましたが、パリ市内は一部の大通りを除き、車の速度は時速30kmに抑えることなどで、歩行者の安全を確保し、歩きやすい街を実現しています。

パリの歩道

家の近所の狭い歩道 この時期クリスマスの飾り付けでさらに歩道は狭くなる
それでも人同士がぶつかったりすることはあまりなく、道を譲り合う(2021年12月撮影)


この歩きやすさについて考えたのは、先日日本から友人で建築家/about your city 代表の小泉瑛一さんがご家族を連れてパリに視察に来た際に、パリ住民としてどう感じるかを聞かれたことがきっかけです。フランスの各都市では「15分都市」計画が進められています。「15分都市」とは、歩いて15分、あるいは自転車で5分の圏内で暮らせる、徒歩移動を中心とした生活環境を指します。この計画はコロナ禍以降加速しているのですが、実際にどうですか?と聞かれ、考えてみると、家がたまたまパリの中心地にあること、在宅勤務であることもありますが、買い物、一般的な医療、子どもの学校(お迎え)、公園など全てが徒歩15分圏内にあります。

このフランスにおける「15分都市」について詳しく書かれている『フランスのウォーカブルシティ/歩きたくなる都市のデザイン』(ヴァンソン藤井由美著/学芸出版)という本も紹介してもらいました。公共交通を導入した都市計画や都市空間の再編について調査を行うフランス在住の著者によって書かれたもので、「15分都市」についてはもちろんのこと、「なぜフランスでは歩きやすい街が実現していっているのか?」を、フランスの各都市の事例の紹介だけでなく、それが実現可能である理由、特に行政の枠組みやプレイヤー、計画の変遷にも焦点を当てて詳しく説明しています。

Le quartierr modéle parisien

パリ市ウェブサイトに掲載されている「15分都市(la ville du quart d’heure)」のモデル図
真ん中にある学校を地区の中心とし、安全な道、地元企業への支援、アクセスしやすい文化、スポーツが盛んな街、清潔な地区などのイメージが説明されている
出典:https://www.paris.fr/dossiers/paris-ville-du-quart-d-heure-ou-le-pari-de-la-proximite-37


細かい計画に内容や背景については丁寧に説明されているので、ぜひ本を手に取って読んでいただくとして、個人的に印象に残ったのは、中でも、都市の再編を実現させる源が、仕組みだけでなく、それをつくるフランス人の国民性によるものだという点です。内容を個人的に整理すると、

1)自分なりの意見を持ち、発する力を持っている
2)”公共”の考え方=道路や都市空間は誰のものか
3)solidarité(ソリダリテ)=連帯という考え方が国民の間で共有されている

という3つがフランス独特(少なくとも日本と比べて異なる)であり、都市の再編を大胆に進められる原動力となっているのではないかと感じました。

1)の自分なりの意見を持ち、発する力は、幼い頃から学校や家庭で、自分で考え、自分の意見を言葉で伝えるように教えられます。意見を言わないということは意見がないということと見なされます。

2)は私もフランスに来て強く感じたことで、公共に対する考え方が日本とは大きく違うように感じました。公共空間はどちらも市民が使う空間であることには変わりないのですが、その空間は「誰のもの」と考えるか、が異なるように感じます。どちらの場合も法的には行政の管轄ですが、日本では道路は行政が持っているもののように感じますが、フランスでは公共空間は皆で使うもの、という考え方の方が強いように感じます。そのため、市民が使いやすいように再編することへのハードルが低いのではないか、と想像します。

シャンゼリゼ大通り

本の中でも取り上げられている道路の再編 観光名所で目抜通りであるシャンゼリゼ大通りも車道を一部変更し自転車専用道に再編 公共空間は「皆が使うためのもの」という考えに基づき、市民の安全や使いやすさを最優先とするためアップデートしている事例(2021年11月撮影)


3)solidarité(ソリダリテ)とは、日本語では「連帯」と訳されますが、意味としては「助け合い」というようなニュアンスが強いものです。フランスにおいては非常に重要なキーワードで、ニュースや政府関係のお知らせ等でよく目にします。社会問題の一つである貧富の差において国税の再配分等でよく使われますが、移動が不自由な人やお年寄り、子ども達がよりよく生活できるような意味でも使われます。

フランス各地でこのような都市の再編が行われているのも、このsolidaritéの考え方が“現在”だけのためではなく、将来街を使う子どもたちやこれから生まれてくる“未来”に対しても向けられているからとも感じます。より良い街や生活を未来に残す、託す、そんな思いがsolidaritéの考え方を通して国民の間で共有されているからこそ、力強く大きなスケールである都市の再編が実現されていっているのではないでしょうか。